くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

流行語大賞にはかすりもしなかったけど……又吉直樹作「火花」

年の瀬も迫った今日この頃。今年の中旬に話題になった又吉直樹作「火花」に対する僕なりの感想を一つ。


相変わらず論理的思考能力に乏しいので批評の腕前の方はお察しください(苦笑)



以下 内容


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結論から言うと決して駄作ではない。
あらゆる意味で破綻した部分がないのはもちろんだが、文体においても改行の仕方や巧みな章の跨ぎ方による読者の情景の想像の手助けが秀逸。更にそれを最初から最後までずっと保ったまま、プロットやストーリーを基盤から本質までしっかりと組み立てており、全体的に読みやすさとくどさを上手く兼ね備えた良質な文章であった。加えて明治以後先人達が築いてきた文章作法や構成も守られていて、それを自分の持ち味として溶け込ませている点は見事であり、単なる文学・読書好きという面にとどまらず、研究に研究を重ねている事が伺える。これが小説デビュー作というのだから氏に対する今後の期待もまた深まるというもの。


ただ読んでいくうちにある大きな疑問が抜けきれなかった。


「この作者は芸人という立場でありながら本当にお笑いのことについて独自の理解や世界を確立させていたんだろうか」


ストーリーのほとんどは漫才や師匠の語りなど、お笑いそのものに主眼を置いた内容になっていると言える。だが散見する主人公のあまり卓越しているとは言えないお笑いや人生観に対しての感想や思惑など、どう見ても感情移入できない部分が目立っており、訴えたいもののインパクトに欠けてしまっている。


現在に至るまで、その道に精通した者による人生観を交えた「笑い」について書かれた紙媒体は珍しいものではなく、北野武島田紳助松本人志チャップリンまでもがその哲学を何度も訴え、そして書いている。先人たちが生み出したいつの時代も変わることのない「笑いや人生」の哲学という見方をもった上で本書を読むと、主人公及び作者が抱いている「笑い」というものの主張や個性、独自の世界観がどうしても弱く見えてしまい、結果として最後まで本当に言いたいことをまとめきれていない印象を受けた。


本書は私小説として出版され、目出度く芥川賞を受賞したわけだが、その割には読み手側が抱く意識としての客観的表現に徹しすぎたとも言える。そもそもこれだけ全体のプロセスをまとめた上で上手く伝えており、平易な文で体現されているのだから、もっとわがままに書かれていたとしても良かった(大体において、もし本書が三人称小説としてまとめてあったのなら、それだけでも印象は変わり、今とはまた違った形で評価を受けていたかもしれない)。自伝的小説として、かつ一人称で書くのであれば、過剰にすぎるほど自分本位で不遜さすら感じる内容であった方が、結果的に本作が全く新しい時代を切り開く文学性も兼ね備えた秀作になれる可能性もあったように思われる。


芥川賞は新人の文学界への登竜門として設立された賞だが、確かにこの小説には凛とした文章力や表現力などでしっかり構築されており、氏の能力をもってすれば将来文壇をひっくり返すような一流作家になれるという蓋然性すら感じる。しかし本作はあまりにも「他」を意識しすぎてしまったがために、氏の才能そのものがあさっての方向に向いてしまった感覚に陥ってしまったのが、今回は残念でならない。他の媒体で見かける氏のインタビューや読んだ本に対するレビューを見直してみると、よりその思いが募る一方である。