くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

怠惰は「悪魔が休息するクッション」

    例えば、ブラック企業などで長時間残業やパワハラ、重労働に酷使されていたり心の病気を抱えている人に対して
「働かなくていい、休んでいい」
「頑張り過ぎるなよ」
    と、声かけをするのは、何ら間違ったことではない。
    しかし、そのような声があまりにネットをはじめとして世間界隈を賑わせている現状そのものが非常に危険であるということも、全ての人が自覚しなければならないのではないか、とも思う。
    何故なら、ブラック企業などで働きつつ毎日を消耗し続ける人間達は、ハッキリ言って、「仕事」や「努力」ではなく、単なる「労働」や「他人からの命令」によって動かされているに過ぎないからだ。
    それはつまるところ、自分の怠惰な精神から生まれたものであり、過去の自分がそれを形作ってきた結果である。これを打破するためには、自分のやりたいことや努力すべき方向を間違えず、“今”この瞬間からまた新たに種を蒔く以外に自分を救う方法がないのだ。

    17世紀のイギリス・スコットランドの哲学、経済学者のジェームズ・ミルはこう語っている。
「そもそも政治が行われるようになったのは、『人間誰しも働かずに労働の産物だけを手に入れたいと願う』といった精神によって、社会一般の利益を無駄にしてしまうのを防ぐためだ」

    私も
    日本政府が定めた生活保護の額面より少ない手取り月収で、且つ病気を抱えながら働きつつ生きているが

    それでも懸命に探して得た自分のやりたい職なので、その努力の温床を無駄にすることは出来ない。新人だった時こそいろいろな意味で挫折しそうになったり投げ出したくなることもあったが、今ではやりがいに溢れている。

    怠惰な人間は、悪魔が休息するクッションで休んでいる
    というのは
    実のところこれは過去の私自身がそうだったのである。

    10代・20代の頃、どんなに苦労を重ねても、成功しなかったのは、心の奥底で微かに渦巻いている怠け癖があったためであり、不毛な労働や人からの命令に従うだけで、自分にとって正しい努力をしてこなかったのである(だから、ADHD統合失調症といった自身の性質を自覚することすら遅れた)。
    昨年頃から、様々な幸運や巡り合わせによって、今ようやく自分の好きなことに1日も無駄にせず邁進出来ているが、これは本当に自分にとって人生最大のチャンスだと踏んでいる。
    今度こそ怠けられない。

    あと、もう一つ。

「賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ」という言葉は大嘘であることも、それこそ経験則によって学んだ(実際、オットー・フォン・ビスマルクはそんなことを言っていない)。
    経験から学べない人間が愚者なのであり、それ以上でも以下でもない。
    他人の失敗や負の歴史から学ぶといった行為は、一見賢明な判断に見えるが、実は自ら失敗して経験を積むチャンスを潰しているのである。
    効率性や要領の良さも、追い求め過ぎると単なる怠け者の言い訳にしかならないことも、この本を読むことによって自覚するに至った。

 

 

    社会が変わってほしい、と願うのではなく、それ以前に自分を変えたいという人にとって、非常にためになる書籍であった。

    ただ一所懸命に心身を鍛えることのみならず、休むのも努力や向上の一つである。

    しかし怠けは何も生み出さない。それが何を意味するか、本書ではわかりやすく書かれている。