くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

天才的な日本語を、更に天才が面白い日本語に訳した本

    ジェイムズ・ジョイスの【フィネガンズ・ウェイク】を見事に訳した、柳瀬尚紀氏。本書ではその著者が余すところなく日本語の面白さ、素晴らしさ、自由自在さを紹介してくれている、エッセイ集である。

 

日本語は天才である (新潮文庫)

日本語は天才である (新潮文庫)

 

 

    私も思ったことがある。
    例えば、洋画を観ている際に、字幕で韻を踏んだ掛け言葉が出てきた時、「これって日本語ではシャレになっているけど、原文だとどうなっているんだろうな」と。
    だが、本書を紐解くとその端緒が少しでもわかるのだ。
    それと同時に、日本語が如何に、他の言語に比べて変幻自在で、多大な表現を含んでいることを。
    例えば、こんな英文と日本語訳が出てくる。

 

You are a full moon.「されば、かの満月か」
You are a fool, moon.「去れ、バカの満月か」

 

    両者の英文は似たような発音だが、日本語訳は全く同じ発音で訳せる。当然意味は全く異なるところに、日本語はちゃんと意味や筋が通った訳が用意されているのである。

    私は、他言語に全くと言っていいほど詳しくないが、日本語というのは非常に独特だということがわかる。難しい言葉にふりがなもつけられるし、古来からの様々な表現や方言など、種類も非常に豊富。
    この【日本語が天才である】。日本語という無生物主語に対して天才であるという述語をつけたのも、もちろん著者の言葉の妙の一環であるが、実際は、著者のようなあらゆる言語の天才があらゆる言語表現を尽くした実績があるからこそ、本書のように日本語を更に面白い日本語に訳すという妙技が可能なのである。
    フィネガンズ・ウェイクの著者であるジェイムズ・ジョイスも、英語圏の辺境の地であるアイルランド出身で、著者もまた日本の最東端の根室出身である。本書では、そんな根室で生まれた著者による方言による日本語の節が4ページほど用意されている。その4ページだけで、如何にして著者が巧みな翻訳をこなすという偉大な職業に就いたか、という片鱗を見ることが出来る。

 

    とにかくその(翻訳の)練習で本気になればなるほど、日本語は大した天才だってわかってきたもな。こんな天才使って仕事すんだから、こっちはなんもしなくていい。日本語が自然とやってくれるもな。おれもともと苦労って言葉嫌いだけど、苦労した苦労したって言ってへらからいごしょいも読者に食わすやつけっこういるべ。

 

     日本語は天才である、その言葉は天才が言うから間違いないのだということが、本書を見てわかる。

    また、いろは歌のように、全ての音(おん)を1回ずつ使い、尚且つ意味が通った47語が古来からあるのも、決して偶然ではないのだ。今でも、こういった47(48語)を使った言葉のみで、意味のない羅列ではなく、しっかり意味とストーリーを組み立てながら作るというのは、私には真似できない。本書で紹介されている内だけでも、作者のほか、本居宣長や、著者の知り合いの女性編集者までもが、それを見事に成している。せっかくなので、その女性編集者の方の(洋子さん:実名)が、著者の翻訳の催促のために送ったファックスの文面を引用してみよう。

 

色果つるとも 鬼洋子(おにやうこ)
せがみの手練 またフアクス
「ゲラ染めぬゆゑ日寒し」
弱き男萎える(おなえる) 骨血減り

 

    すごい……( ゚д゚)

    おっと、日本語の自由自在さや素晴らしさを紹介した記事なのに、無粋な顔文字などを使ってしまった。顔文字が悪いということではないし、むしろ万国共通で心情の表れを送る意味では便利だが、何となくこの本を読んだあとは、日本語のみで多種多様な自己表現をしなければ、という気持ちになってしまう。
    ともあれ、日本語とはなんと万能で、他の言語にはない縦横無尽さがあるのだろう、と感心した次第である。
    ちなみに、縦横無尽とは、一言で言えば「物事を思う存分にすること」という意味である。「四方八方」のように、「どの方面にも限りがないこと」という意味も含む。日本語とは四字熟語という括りだけでみても、「変幻自在」かつ「八面六臂」なのだなぁ……