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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

【騎士団長殺し】ぼくはごく普通の人生を送ってきたごく普通の人間です【顕れるイデア編】

    読みました。

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 

    今回の主人公はかつて肖像画を専門としていた36歳の画家。


    主人公は冒頭から、妻より別れ話を切り上げられ、家を出る。ちょっとした旅行や中古カローラの購入などを経て、美大時代の学友が貸してくれた小田原の家へと赴き、住むこととなる。
その屋根裏でたまたま目にした日本画「騎士団長殺し」。
見事な出来の絵だ。しかしこの絵は一体、どのような意図をもって、どう描かれたのか。何故日本画に「騎士団長殺し」というタイトルを? 何故画面の左端にいる「顔なが」に、私は目を離せなくなったのか。
それからというもの、奇妙な出来事、奇妙な人物、奇妙な声、そして「騎士団長殺し」から「殺し」を抜いた存在、、、謎は謎のまま新たな謎を作りながら並行してものごとが規則正しく進んでいく。

 

   はい。

   一言で言ってしまえば、これまでの春樹作品よりズバ抜けてる部分があるものではありません。個人的な感想になりますが、【ねじまき鳥クロニクル】や【世界の終わりとハードボイルドワンダーランド】を読んだ時の神がかった“何か”が湧いてくるものでもありませんでした。愚作ではないが、主人公がいつも自己紹介をするように「ごく普通だよ」とサラッと言えてしまえるような、良くも悪くもを安心して読める小説です。

    最初は、【ねじまき鳥クロニクル】のように主人公の意識を中心に周りからの小さな介入を経てストーリーが進行していくのかと思いきや、どちらかと言うと本作にこれまでの氏の作品と共通点かあるとしたら【ダンス・ダンス・ダンス】寄りか。主人公がフリーな身で、依頼された仕事を引き受けると言う身から始まるのもそうだし、いるかホテルよろしく一つのある場所が物語の中枢を担うし、ちょっとしたサスペンスがあったり、中盤辺りから幼い少女がキーになる役を果たしたり、いろいろ共通点がある。
     その他の要素も、残念ながらそれほど真新しい何かが用意されているわけでもなかった。地面の底(ねじまき鳥でいう井戸)のような暗闇の概念が出てきたり、死と生が一つになっているという【ノルウェイの森】の名フレーズを思い出させるような展開があったり。ちなみに、「遠くから見ればおおかたのものごとは美しく見える」とか、モロ既視感バリバリなサブタイトルも出てくる。そして、あいも変わらず主人公と女との度重なるセックスは切っても切り離せないし、芸術作品に関する薀蓄もお酒も特異な言い回しや例え話、スベってるジョークなど、どこもかしこも平常運転。少なくとも第一印象としては、過去作を糊で固めて繋ぎ合わせたような読後感が残った。
    しかし、過去の栄光の焼き直しのように見えてしまえるような本作だが、多少なりとも新しい試みもなされている。

    例えば、今回は芸術家が主人公でその抽象性を中和する役割なのか、タイトルの「騎士団長殺し」がかなりダイレクトかつ明確なテーマになっていて、起こり続ける出来事もまた、読者の想像に委ねようとしたりするのではなく、わかりやすい事物や心理描写で占められている。かつての村上春樹作品にも前例がなかったわけではないが、明確さと非明確さが共存しつつ、バランスをとりながら物語がしっかり軸を持って進んでいくという長編小説は、氏の作品の中で言えばそれほど多くなかったと思われる。過去作においては、たいていは「村上春樹が言いたかったのはこういうことなんだよ!」という議論がなされてきたと思うのだが、今回はそのようなわかりにくさは少ないように思われる。それが良いか悪いかは別にして。
     また、W主人公のように、主要キャラを最初から複数用意して、物語が同時進行していくというパターンはこれまで何度かあったが、前半から「免色渉(メンシキワタル)」という、完全に脇役でありながらも、出番が“2番目に”多く、且つ主人公に深く介入してくる絶妙な位置付けのキャラがいるのも、いささか新鮮だった。
     後半からミステリアスな部分もあるが、やはりそこは春樹作品、絶対に表舞台に不可思議な要素が暴れてきたりしないし、ましてや馬鹿みたいな社会批判に走るような事件が起こるようなこともない。常に氏の作品は登場人物の中で終始し、それが読者の心に訴えかけるという手法を取ってきた。今回もまた例外ではない。
     超常現象が顕にならない。つまり我々がこの国で普通に暮らしている間に感じる「日常」と、氏の独特な世界観で彩られる「非日常」。つまりこの本は、従来のハルキストの間でも、逆に賛否分かれる作品になりそうです(氏の作品はもともと賛否が分かれやすい傾向にありますが……)

    少なくとも物語の一部は、そんな感じで進んでいきます。このまま何かが起こっているようで何も起こらない世界が進んでいくのだが……

 

(つづきます)

jiru4690.hatenablog.com