くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

【深い穴に落ちてしまった】は、深く考えないで読む方が面白いと思う

    そう、普通に、「穴に落ちてしまった兄弟によるサバイバル&サイコサスペンス」モノとして見れば、泥水や虫を飲み食いしたりウジを湧かしたり、グロシーンやトチ狂った心理などが渦巻いて、なかなか気味の悪い思いが出来て楽しい。

 

深い穴に落ちてしまった

深い穴に落ちてしまった

 

 



     が、寓話として見れば平凡である。この本が人の数ほどの角度から広く、そして深読み出来てしまうのであれば、あらゆる他の作品もまた様々な解釈がなされてしまうようになるとすら思えるし、世の中のフィクションの捉え方の数や種類においても、無駄に幅広くなってしまう。ましてや【星の王子さま】や【かもめのジョナサン】のような歴史的名作と比べたら……言うまでもない。

    しかし、物語としては面白いものであることは否定しない。

    様々な解釈が出来る“寓話”というフォーマット。この【深い穴に落ちてしまった】というのは、大きな身体の兄と小さな弟か深さおよそ7メートルの穴に落ちてしまったことを指す。兄弟は、そこから抜け出せずに、何日もそこで極限状況を生き延びようとする……。

    著者の「イバン・レピラ」はスペインの作家だ。そしてこの作品は古典ではなく現代小説だ。と、それを聞いただけで「あっ」と思える方は鋭い。それだけで、兄弟の狂おしいほど飢えた感情が、昨今のスペインの失業率や貧困問題などを背景に書かれたものではないか、という解釈が出来る。それも一つの見方ではあるし、実際最後の訳者後書きにも指摘されている通り、無視できないファクターであることは間違いない。
    ただ、その他にも、この作品にはいろいろな解釈がある、、とのことだが、個人的にはこのような寓意や暗喩を含んだ形式で書かれた小説は、「今の時代には合わないなー」などと、勝手に訝しげに思ってしまうところもある。
     現代の社会批判や時事ネタなど即物的なテーマを“本当に”即物的に書くのではなく、敢えて読者に“恐怖”というエッセンスを用いた上で、「読者の思うがまま想像してもらいたい」、という意図を含んだのなら、それはそれで一つの構想だ。しかし、残念ながら本書はそういった作者の考えが見え見えな上に、良くない意味でわかりやすいレトリックを駆使して書いているので、「この作者は喰わせモノだな」と、メタ的な方面で考えてしまう。すなわち、寓話作品としてみれば、本書は全体的にやや詰めが甘いし、中身も各所、各評論家からあげられている声ほど、深くもない。
    確かに、本作品から多種多様な想像を掻き立てられるのは事実だ。この本には様々な心理的トリックがある。深い穴というものの暗喩、素数のみの章立て、ラストのちょっとだけ考えさせられる展開、その他。だが、それならいっそのことエンターテインメントとして人間の狂気さやエグい見せ場などに力を入れれば、もっと面白くなっていたと思う。そして、最後のオチも、他に類を見ないレベルで「え? こういうことだったの!?」と思わせるようなわかりやすく鮮やかなものだったら、“大衆小説として”上質な作品になっていた可能性も考えられる。
    しかし、寓話、文学、文芸としてみれば、正直、日本の売れない芥川賞とはまた違った意味での、実にならない読後感だけが残ってしまっているように思える。作者が、読者の想像を膨らませることを主軸に考えて物語の着想を起こし、完結までに至ったとしたら、本書の作者はある意味で怠慢な行為をした。もちろん、寓話というジャンルそのものがそうだと言いたいのではなく、この作品の場合、話の練り方が少々あざとすぎるきらいがあると思えてしまう構成になっているから、そう思えてしまうのだ。
    この、いろいろな意味でスピードや成果が求められている現代社会において、本書のように著者や作品の具体的な主義主張を発信せず、読者に中途半端なモヤモヤ感を残すのは、結局のところそれが読む者にとって何になるのか、私にはよくわからない。それに、グリム童話のように世代を超えたテーマが感じ取れるわけでもないし、コンラッドの【闇の奥】のように、それぞれの国家や時代に受け継がれるような議論が今後なされていくものとも思えない。作者のほうが、そういった「ご想像を膨らませて下さい」的な見え透いた意図があるし、実際本当にその通りだとしたら、正直残念である。

    とは言え、繰り返すが、エンタメ的な見方でもって文章やストーリーそのものを汲み取れば、本書はかなり面白い部類に入るし、読み応えもある。やれメタファーとか人文学的な空想は抜きにして、単純に「こんな穴の中に落ちて何日も発見されないまま時が過ぎ死の影だけが寄り添ってきたら……」と考えさせられるものがあるし、極限状況の人間の恐ろしさというホラーも与えてくれる。そういった意味では、本書は読む価値がある。だが、それを超越したところで、「読む者自身の心に訴えかける」「我々の想像力を喚起させる、素晴らしい寓話」と言った腰巻きの専門家(?)によるコピーには、同意しかねる。

 

    過度な期待は禁物であります。普通の怖くて楽しい奇妙な物語です。