くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

的を射ている部分もあるが、全体的に考察が一方通行【やさしさ過剰社会 人を傷つけてはいけないのか】

 やさしさ、と聞いてネガティブな第一印象をもつ人はそう多くないだろう。
 やさしい両親、やさしい先生、やさしい恋人、やさしい上司。とかく世の中は、やさしい人が求められがちだ。
 だが、そのやさしさとは、必ずしも相手のことを思っているとは限らない。子どもを叱れないでいるから褒める側にまわる親や教師。厳しくすると会社を辞めてしまうから怒れない上司。実際には、過剰にやさしい人というのは、自分のことを考えすぎているがゆえの、甘さの表れなのだ。

 本書では、そんな日本の叱れない文化を「やさしさ過剰社会」と表題で銘打っている。

 

「やさしさ」過剰社会  人を傷つけてはいけないのか (PHP新書)

「やさしさ」過剰社会 人を傷つけてはいけないのか (PHP新書)

 

 

 だが

 本書の内容を結論から言うと、社会的に問題かつコミュニケーションを浅はかにしている原因は「やさしさ」がどうこうではなく、希薄な人間関係そのものだろう。著者の主張は根本的にずれている。

 確かに、最近では、子どもを叱る教員に対して食って掛かるモンスターペアレントや、叱られた経験がほとんどないために社会に出てすぐに挫けてしまったり挫折してしまう若者も少なくないと思う。結果的に、日本の社会や経済、労働現場にまで影響が出ているのだから、「やさしさ」という皮を被り自分にも他人にも甘い人間関係の広まりが目立っているようにも思える。
 しかし、それを言うなら戦後の日本の教育現場は「暴力過剰社会」の賜物だし、高度経済成長後やバブルの日本の頃は「金儲け至上社会」だ。
 要するに、なんでも過剰になりすぎるのは良くないという話ですむのだが、どういうわけか本書の著者は「やさしさ」というものを槍玉にあげて、その接し方が今の日本の社会の癌であるかのように書いている。著者の中での考えとしては、「やさしさ」という一見ポジティブな要素は、実は危険な部分を孕んでいるのだということを訴えたいのであろうが、それにしてもこの著者は「過ぎたるは及ばざるが如し」という言葉を知ってか知らずか、煽っているようにも見える。
 中高年だけでなく、若者の間でも「叱れない大人」が増えていること憂いている人間は多いと思う。逆恨みされるのが怖かったり、厳しくしたりすると「老害」扱いされ、ましてやインターネットで悪口でも何でも書けてしまう世の中だから、やさしさが過敏になりすぎてつい相手にも他人にも甘くしてしまう人間がいるのは事実だ。しかし、問題はそういったところではなく別のところにあると思う。
 やさしさが過剰であり、それで叱られる耐性の付いていない若者や、モンペが増えている現状は、結局のところ人間同士の信頼やコミュニケーションの構築の薄さが原因なのだ。著者が述べている「過剰なやさしさ」というのは、それを覆い隠すために用いられてきた一つの表現に過ぎず、やさしさだけが問題なのではない。著者は、深く人間が付き合う上で大切にすべきことを、本書であまり挙げていない。
 また、本書に書かれているアンケートや伝聞も一部の極端な事例や信憑性に欠けるデータが多く、この社会全体を問題視する材料として見るにはいささか説得力に欠ける(例:NHKの中高生に向けた意識調査、アメリカやフランスの教育方針を挙げて日本のそれと比較する、など)。実際の所は、日本であろうが他国であろうが、複雑な人間関係のもとで様々な社会が成り立っているであろうに、この著者はわざわざ「過剰なやさしさ」を敵視しつつ、それが自己肯定感の成長の妨げになったり自信の喪失につながるなどとして、人間のもつ本来のコミュニケーションを蔑ろにして物事を考えているとしか思えない。どうも、人は「褒められれば付け上がる」「甘くなる」という考えが、著者の根本にあるようで、人のもつやさしさというのを十把一絡げに考えている節がある。
 本書は、著者の持つやさしさの側面が抱えるスティグマをただ大々的にアジテーションして、本当のコミュニケーションを理解していない部分が多々見受けられる。すなわち、本書は「子どもを叱れない大人が増えた」「○○ハラスメントという言葉が増えて今後日本はどうなるのか」と考えている読者に対して、やさしさというものを、ほとんど著者の一方的な負のバイアスのかかった主観をを振りかざした上で、煽っているように見えるのである。事実、それで溜飲が下がる思いをする人もいるだろうし、私もまたそういう人を否定しないが、「やさしさ」というものが「過剰」であると考える前に、どうもこの著者の思考回路自体が何よりも「過剰」というようにしか見えない。

 

 最後になるが、人間関係は必ずしも正解はないし、特に人と人とのコミュニケーションをとる上ですぐ極端から極端へと走る人も少なくない。やさしさが過剰になっていることに関して、今の社会に違和感を感じる人もいるとは思うが、薄っぺらい人間関係は、たとえ上っ面なやさしさなどなくても薄っぺらいし、人と人との信頼関係を重視し、実行できている人は、いちいち「やさしさ」をはじめ、上辺だけの感情に一喜一憂しない。ハラスメントは実際に存在するし、反面やさしすぎるほどやさしい人に助けられている人だっているのだ。