くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

自己完結せず、ストーリーで魅せた芥川賞受賞作品【夏の流れ】

「でたらめ言うなっ。俺は逃げようとしたんだ。ピストルだって取ろうとしたじゃねぇかっ。畜生、きさまたちゃ何が面白いってんだ、ええっ? 畜生どもめ、寄ってたかって俺を絞め殺しやがってなんの得になるってんだっ」
「奴ら、人間じゃないんだ。形は人の顔をしてるけどな。どんな優秀な機械にしたって、数多く作るうちにゃ必ず不良品を出すだろう。その不良品はどうする? 捨てるよりほかないんだ。人間だってこんなに多くいれば同じことさ。不良品をそのまま使うわけにはいかないんだ」
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    先日、156回芥川賞直木賞の受賞作の発表が行われたようだが、そちらを読む前に過去の受賞作にちょっと触れたくなって、図書館へ向かった。

    目にとまったのは、第56回受賞作、丸山健二氏の「夏の流れ」。

 

夏の流れ (1967年)

夏の流れ (1967年)

 

 

    表題作の他に2編の短編を掲載した本であり、今回はこの「夏の流れ」のみに絞って書評を書くことにしよう。
    私の感想を先に言うとーー
これほどまでに純粋なストーリーのみで魅せることの出来ている芥川賞受賞作品があっただろうか、という気持ちになった。


    芥川賞と言えば、良くも悪くも、自分が中心になって物事が進んでいったり、周りの人間がお飾りのように主人公に振り回されたり、逆に主人公を振り回したり、といった内容がほとんどだと思っていた。そしてそこが芥川賞の面白いところだとも感じていた(とは言っても、近年の芥川賞受賞作品で私が個人的に面白いと思ったのは、「苦役列車」と「コンビニ人間」くらいであったが)。

    しかし、この作品は違う。
    主人公の佐々木は刑務官の男である。刑務官といっても、死刑を執行する役割を果たしていて、仕事相手は殺人を犯した囚人である。囚人は殺人を犯して獄中に入り、そこで命を終える。その他、出てくる登場人物も、主人公の家族、同僚、上司、そして死刑執行という役割を果たしきれなかった後輩など。
    先述の通り、この作品は主人公の世界感という枠組みというよりは、しっかりとした軸のある展開で進み、話の内容もテーマがテーマだけに重いが、非常に読みやすい文体だ。作者の巧妙かつ重厚な筆致たるやよほど熟達した業によるものだろう、と思っていたが、何と当時史上最年少の23歳で受賞したというではないから、驚かずにはいられない。
    囚人の相手とその一連の仕事。オフでの釣り。家族サービス。主人公の周りをバランス良く描写しており、そこには主人公(著者)の徹底した自己の確立及び残酷なまでの世の中が伝わってくるようである。また、主人公と妻には2人の子供がいるが、妻は3人目をお腹に宿している。新たに産まれてくる命と、自らの手で消し去る命。この対比の描写は、わかりやすいようでいて考えさせられる。
    客観的にみて、死刑執行人などという仕事は非常に辛いものがあるだろう(主人公もまた、「(自分の)子供たちが大きくなって、俺の職業を知ったらどう思うかな?」と妻に問いかけるシーンが終盤にある)。しかし、神聖な仕事である、という描写も含んでいる。このあたりの表現は、非常にデリケートな要素を含んでいるにも関わらず、この作品は誰にもわかるように な匙加減で丁寧に書かれていて、ブレない主張と筆力が見て取れる。

    死刑執行人でありつつ、死刑囚を不良品と吐き捨てる。ただ、吐き捨てるからと言って、人の命や尊厳を軽んじているわけではない。だが最後の最後で、自己を確立していた主人公は、自分の仕事の内容にほんの少しだけ疑問を抱く。刑務官という仕事に耐えきれず辞める後輩も止められず、淡々と自分の生活を送りつつも、人の移りゆく心を、夏という湿りきった季節の中で淡白に書いた素晴らしい作品であった。

    ーー余談ーー

    ついでに、このような本も見つけてしまった。

 

人生なんてくそくらえ

人生なんてくそくらえ

 

 

    後日、こちらの書評もまとめたいと思います。