くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

2016年の締めくくりにちょっと一冊【まほろ駅前多田便利軒】

この一年を振り返って

 

前半は毎日記事を更新していたけど、仕事が変わってからピタリとやみ、あとは少しずつしか更新出来なくなってしまった。
来年はもっとたくさん更新出来るように頑張りたいと思います。

さて、私は、年末年始から始まり、年末年始に終わるという小説だと、何故かこの本を思い出してしまう。
三浦しをん氏の「まほろ駅前多田便利軒」の三部作の一作目。

 

 

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

 

 

と言っても、この作品自全体に、一年の始まりと終わりと共に、1ページ目をめくってから最後のページで締めくくられるスタンスはそれほどなく、作中に季節感が溢れる描写があるわけでもない(例えば、“一年”をテーマにした作品だったら、それぞれ「春」「夏」「秋」「冬」と言ったサブタイトルが4章立てでついててもよさそうなものだし)。
本作は、まほろ町(モデルは東京都町田市)を舞台にした便利屋さん+ひょんな事から入ってきた助手の物語。乱暴に言ってしまえば、特にセンセーショナルな事件やパッと目を惹く展開は目立たず、正直地味だ。
かと言って、話に抑揚がないわけでもない。銃撃に巻き込まれたり、血みどろ事件に出くわしたり、まあ穏やかとは言い難い。
本書の主な見所は、主人公の「多田」と、かつて多田がおかした事故より傷を負うことになった「行天」、この2人の掛け合いや、生活・仕事ぶりだ。軽い漫才のように見えるし、作者の趣味なのかちょっとBL臭くもある。でも、そういうのが苦手な人も不快感は全く感じさせず、十分面白く読むことが出来る。

ただ、本作の面白さとは関係ないが、この主人公の多田という便利屋、自分で、「容量良く大学入ってから、、」と言ってはいるが、仕事面や人間関係では頗る容量が悪い。

私の親戚(と言うか実父)も東京都町田市で便利屋をやっているから知っているのだが、多田のようなやり方では、なるほど確かにあんなポンコツの軽トラに汚い事務所、そして行天(バイト扱いの人間)に対して振込手数料に毛が生えた程度の給金しか与えられないわけだ。今時便利屋のような仕事は、最初からキナ臭い仕事も何でも“自分から”引き受け、横のつながりと業者とのコミュニケーションを取りつつやっていかないと、とてもじゃないが維持していけない。この本が発売されたのはおよそ10年前だが、もし今この多田のやり方で便利屋を運営しようとすれば、事務所でレトルトカレーどころか、公園のベンチで木の実を食べる羽目になるだろう。
しかし、もちろんこの作品で言いたいのは、便利屋の貧乏さやネガティヴさなどではないだろう。

これだけ人との出会いがあるにも関わらず、上手くやっていけない中年男達の哀愁を、悲観的になりすぎない程度に巧妙に書き、次作品以降では重要な出会いや、擬似的な子育てや女性との性的関係にも発展する。シティーともカントリーとも呼べるような中途半端な発展具合の街中で、多田と行天という現代の社会の重荷を背負いすぎずに、自分の苦しみの中で葛藤しながら軽トラを走らせる痛快な描写は、見てて飽きない。
繰り返すが、この作品で最初に訪れる一年の終わりの描写と、最後の一年の終わりのシーンは、単に便利屋及び主要人物の一年を表したものではない。おそらく今後も死ぬまで同じ生活が続くことの暗喩であり、一人の一生の中で人がほんの少しのトラブルに翻弄されても、過去の過ちに苛まれても、過ぎ去りしはもう二度と戻らないし、悔やんでも時は過ぎていく。
その中で、この二人は時々、過去の事件や過ちを突っついたり突っつかれたりするものの、決して後ろ向きにならず、小銭を稼ぎながら日々を過ごしている。そこに、この生きにくい現代社会の逞しさが感じられ、我々に生きる希望を与えてくれる要素がある。

貧しさやトラウマなど、人間の弱さをイメージしたわかりやすすぎるメタファーで溢れていて、やや物足りない部分も散見されるものの、人の一生のかすかな希望を感じさせてくれる、ポジティブな作品である。谷山浩子氏の作品で「人生は一本の長い煙草のようなもの」という曲があるが、登場人物が吸っている本書のラッキーストライクの表紙にもあるように、この作品もまた煙草のように、自らにその場限りの快楽を与える。思いを燃やして、思いを薫せ、明かりも照らす。最後にはその火も消されて捨てられる。そんな思いを自分自身だけでなく、人にまで与える。現実の煙草と言えば、非喫煙者にとっては副流煙ばかりが目につくが、この作品全体のように、人間というものがもし一本の煙草のようなものであれば、ある人には愛され、またある人には非難され、そしてどちらにしても捨てられる。
しかし、実際に人間は煙草ではない。この作品の第一印象(例えば、貧乏自営業、ちょっとしたBL、直木賞受賞作品など)だけで、「まほろ駅前多田便利軒」という作品が語れないのと同じで、人の一生というのも一言ではとても語れず、抽象的にしか捉えられない。そんな思いを抱かせてくれる、気持ちの良いモヤモヤ感が残る。

 

そんな感じで、また来年から頑張ろうと思うのも悪くない。