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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

私が福祉系NPOのボランティアを辞めたわけ

それは、大学教授から法人理事長、ボランティアスタッフに至るまで、自助努力をしない人間共の集まりだったからだ。

 

私は、2017年3月に開かれる「第12回全国若者ひきこもり実践交流会  in東京」に、コーディネーターとして出席する予定であったが、それもまた辞退することにした。そこで若者支援や福祉の現実をこの目で見、出席者達の「世間や人間」というものの認識の薄さに呆れたのだ。

 

どの辺がそう思ったのか、一つ一つ述べていくことにしよう。

 

まず、彼らは議論が大好きだった。それもまとまらない議論が好物であり、特に金銭面や経済面などでどうにも形に出来ないテーゼが発生すると、すぐに政治や社会のせいにしたがる。政治や社会を変えるために集まっている人間が、周りの人間や情勢などに責任の矛先を向け、且つ補助金という税を毟り取っているのだから、笑いを通り越して怒りすら湧いてくる。

 

また彼らは、事務や支援現場など、肝心の実務に関しても本当に実力があるか疑問だった。確かに就労支援や経済的自立だけが若者支援の全てではない。形に表しにくい「居場所支援」や「若者と性の問題」など、今後明確にしていかなければならない課題に四苦八苦するのもわかる。
しかし、問題はそれ以前の話で、金銭や生活といったファクターにおいて利用者や需要者にとって的確なアプローチすら出来ていないのが現状だった。過去の偉大な哲学者や数学者の多くは、偉大な人間である前に偉大な商人でもあったということを彼らは知らないようだ。

 

また、彼らは総じて自分に甘い。社会福祉や自らの将来の貯蓄を、よく今現在の疲弊している自分を慰めるため、快楽のために使う酒やタバコ代にあてた。福祉の人間が、自分から一日数百円、数千円から貯蓄や募金を行えば、それが巡り巡って、遠くない未来に莫大な恩恵を多くの者に与えることは火を見るよりも明らかなのに、どの人間も目先の己の欲しか見えていない。こんなザマで、一体どの若者を救えるというのであろうか?

 

現政府や社会情勢を賛同するわけではないが、今の行政の若者支援にむけての対応は正しい。老人介護や障害者福祉などに予算を出すようにはなったが、もしこのまま「若者支援者(笑)」と名乗る者が自助努力を怠るのであれば、政治家や官僚は今のまま何もしなくていい。就職率や税収など、数字だけを見ている人間は、確かに私としても頭にくることはあるが、数字の大切さを無視し、自分の主張ばかりするのも同じくらい愚かである。

 

世間や人間という面に関して、このように甘い部分しか見えていないのだから始末に困る。実際、ひきこもりの人などは、「支援者(笑)」のそういったところを確実に見る。そして、最終的に、都合の悪い面に関しては全て、助けを求めている人達の自己責任や押し付けで片付けてしまう。これでは今の社会など、良くなる訳はない。

 

…………という真実を、私自身も、この「自助論」を読む前は気付かなかったのだから、大きな口が叩けた義理ではないが、少なくとも社会の膿を作り出しているのは、現政府でも若者達自身でもない。

こういった、支援の皮を被った、自分に甘い人間達なのである。

 

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