くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

性的マジョリティでもなくLGBTでもなく

LGBT. 性的少数者の総称。 女性を好きになる女性のレズビアン(L)、男性を好きになる男性のゲイ(G)、両性愛バイセクシュアル(B)、心と体の性が一致しないなどのトランスジェンダー(T)の頭文字に由来する。

 

 

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

 

 

昨日、ひきこもりとLGBTに関することでとある人と話した機会があった。

その中で、やはりセクシャルマイノリティに属する人の中には、ひきこもりなど「上手く世間に適応出来ていない」レッテルを貼られるケースが多いそう。

しかし、本書の主人公(作者)は、別にレズビアンではない。

ひきこもりではない、倒錯的な人格ではない、死にたいと常々思っているわけでもない。

自信がない、◯◯する資格がない、同性が恋愛対象というわけではない。

そう、主人公は「無い無い尽くし」だ。しかしそうなったのにとりわけ大きな理由などない。強いて言うなら、生き辛さ全てを抱えた結果、とも形容できるか。


この漫画のタイトル、下手すると如何にも性的マイノリティの人間がモテなさすぎてレズビアンに走った、みたいな誤解を受けそうだが

実際には、主人公はそんな上っ面な悩みに毒されているわけではない。

主人公は自分と戦った上で、悩み抜きながら脱毛症、拒食、過食、等を経験し、社会の呪縛、身近な人間からの呪縛、そして自分自身からの呪縛に向き合った経過を、この作品では書いている。

 

【その答えの一つとして何故レズ風俗?】

 

それに関してはネタバレになってしまうし、その行動の選択に対する受け取り方が人それぞれ分かれる内容ではあるので、実際に本書を読むことで納得して頂きたいが

社会の中で受け入れてもらったり、受け入れられなかったりする人がいる中

この主人公は、自分の中のミクロコスモスで戦っている。

結果、フリーターや病人といったキーワードとつながるわけだが、それはあくまで社会というフィルターを通して見られる概念だ。

ミクロコスモス、という要素から見るなら、その当人にとっては、社会どころか文字通り“宇宙”だ。

その宇宙の中で、自分の居場所や、抱きしめてくれる人を探す。

主人公は人間として当たり前の欲求を抱えているだけに過ぎない。

 

さて

本書を読むことで、いわゆる◯◯マイノリティの人間の中で、社会一般で言われる画一的な悩みだけに落ち着いている者などどれくらい存在するのか、と考えるようになった。

人間は何でもかんでも、マイノリティ側の人間を既存の事象や理論に当てはめて半ば強引にその人を押し込めようとするが、それが如何に間違っていることか思い知らされる。

辛いことを乗り越えたいと、生き抜きたいと思ってレズ風俗に行くこと。

主人公はそれを選んだだけだ。

願わくば、主人公はレズ風俗といった、世間ではなかなか受け入れてもらいにくい土壌の中だけでなく

多くの人にとって、その人自身の発見から救済までを力強くアプローチできる

そんな人生を歩んでほしい、などと、個人的に思ってしまう。

この主人公が幸せになることが、生きにくさを感じる人の一助になる、そんな気がする。