くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

非論理的な部分も見受けられるが、考えさせられる内容【中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇】

 

中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇 (講談社現代新書)

中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇 (講談社現代新書)

 

 

 一応タイトルに嘘や誇張はない。例えばこれが【日本を潰す派遣会社】とか【違法派遣~~自国経済を潰すモンスター~~】などという惹句で人を引きつけていたら、違法な企業を訴えたりとかする前に、それこそこの本自体に多数のクレームが来てもおかしくなかった。内容の如何はともかく、タイトル買いした読書の期待を「大幅に」裏切るものにはなってないと思う。

 著者は東大卒業後、毎日放送に入社し、アナウンサーや記者として勤務。2006年に身内の介護のために退社した後、著述業に転身して、その傍ら、この本に書かれてあるような異常とも言える派遣の仕事を転々とした。その事を踏まえた上で、本書がどういう内容なのかは、とりあえず以下の章立て毎に書かれている、筆者が実際に耳にした(という)言葉だけでも粗方イメージ出来るかと思う。
 
第一章:「いい年して、どうして人並みのことができないんだ!?」
 
第二章:「(ノロウイルス感染者に)大丈夫ですから勤務に行って」
 
第三章:「もう来るなよ、てめえみてえなじじい、いらねえから」
 
第四章:「もう仕事紹介してもらえないよ。かわいそう」
 
 本書の評価点から先に述べると、まず潔いまでに“自分の”文章に徹した姿勢が挙げられる。
 通常この手の社会批判を多分に含んだ本だと「有名大学の誰それ教授の意見」だとか「◯◯省、◯◯法人の調査内容」だとか、その他コピペまがいのデータを多数載っけるものだが、この本にはそうした要素はおろか挿絵や写真、グラフすらない。全部著者の実体験、もしくは著者自身の知っている人の話で収めていて、尚且つ骨太な文章なのでかえって信憑性が高く説得力がある。ネットで派遣の現実や口コミなどを眺めるよりはるかに身に堪える内容で、現代の貧困社会、派遣会社の抱える問題などに深く関わっている人からすれば、励みになり得る本と言える。
 
 しかし批判されるべく部分もある。作中で書かれてある通りの著者が受けた理不尽な仕打ちが全て真実であると仮定したとしても――その中で希望や明るさをほとんど感じさせないのは、出版に至るまでの経緯を考えても著者の態度がいささか消極的に過ぎるところにあると思われる。いくら何でも、ここまでタイトル通りのブラックなことをされたら労働基準局や法律事務所に飛び込んだりするのが筋だろうに、この著者のした抵抗といえばせいぜい自分に理不尽なことをしてきた人間や会社に対する直談判、あるいは電話、メールで派遣先や派遣元に反抗したくらい。その他には、関係を断つなどと言って「『何のアクションもしない』というアクションをした」という程度か。著者としては、「派遣社員としては自分は動いている」とでも言いたいのか、どっこい本を上梓するくらいで社会は変えられる筈もなく、結局この本に興味すらわかない人間に対して何の救いや抑止力になってないのが現実だ。もっと言ってしまえば、文を綴って論理的に攻めてるつもりが、行動に非論理的な部分が見受けられていて、結局これを手に取った読者に対してでさえただ納得させるだけで終わってしまっているフシがある。
 最後ら辺の、外国や、海外企業の事例及び実績を挙げている部分に至ってはまるでお話にならない。イケアが正社員の短時間労働を採用していることなんて、ちょっとでも労働問題に関心のある人にとっては常識ともいえる知識だし、尚且つ「アメリカには差別禁止法がある」と、主張する始末。まるでアメリカには職業や身分による差別がないと言いたげである。そんなアメリカの法律こそ、日本の派遣法以上に、全くもって正常に機能していないことは、日本はおろか世界中の常識だろうに。サウスパーク並の逆説的なブラックジョークだとしたら笑える、と感じたくらいだ。その他にもヨーロッパ諸外国の、派遣労働をはじめとした貧困や格差の対応の成功例などを引き合いに出している。この本には限った話ではないが、海外のそうした労働問題の現状と日本のそれを比較しつつ「日本は〜〜」と言うのであれば、それを実際にこの社会で実行することの具体的な方法やデメリットくらい一言添えてほしいものだ。
 
 しかし、封殺されやすい権益者や現場社員の横暴さ、社会的弱者の声なき声をしっかり書き留めているのもまた事実。たた真実を知って終わるのではなく、見極めた上で自分で考え、行動することの大切さを、間接的に伝えている、と言えなくもない。本当に間接的、という部分が残念であり、良い部分でもある。例えばセンセーショナルな文でもってアジるのなんて、誰にでも出来る。著者はしっかり体験に基づいた話をつらつらと述べているから、親身になって話を聞くかの如く、この本もじっくり読める。ただ本書で、派遣法の改正やこの国の労働・貧困・格差を、読者一人一人に少しずつでも直していく形をとっていくことをアプローチしきれていないのは、著者の中途半端な行動力が仇になっているとしか思えない。