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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

【川村元気】対談集として有益且つ視野を広げるために【理系に学ぶ。】

 

理系に学ぶ。

理系に学ぶ。

 

 

 【世界から猫が消えたなら】【億男】などの書籍を世に放った川村元気氏による作品。

 タイトルに「理系」とあるが、理科系の大学を出た人にしかわからない用語で文章が占められているわけではもちろんなく、単純に川村氏と様々な分野における著名人との対談集として非常に読みやすい本である。

 それに加えて本書は、理系コンプレックスで生粋の文系と自認する川村氏が試みた、「業界のトップランナーと対話をし、視界を大きく広げていく」という感覚を、読者にも抱かせやすくさせる構成を組み立てることに成功している。実際に本書の対談相手は、誰もが知っている有名教授や、名前を知らなくても会社名や業績を挙げればすぐにピンとくる人など様々だ。マスメディアにおいて有名な人物とだけ話しているわけではなく、かと言って理系というジャンルにくくりすぎた内輪ネタに走るのでもなく、文系理系問わず、日本及び世界の産業や奇抜なアイディアに興味のある人全てに楽しめる作品であると言っても良いだろう。ついでに川村氏のちょっとずれた質問に対する一部対談者のスルースキルも小憎らしい

 

 ただ、それだと、「ではこの【理系に学ぶ。】という“理系”という部分はどうなっているのか」という疑問に行きつく。

 

 確かに本書には、理系のトップランナー達ならではの、それぞれの理系思考による分野における最先端の技術やリベラルな発想といった知識欲をかきたてるような内容が盛りだくさんで、文系に向けたような表題でありながら、読む人によって違った視点で楽しめる内容にもなっている。

 しかしーー意外というか、むしろ予想通りというべきかーー「ある定められた視点でしか物事を判断できないということをやめる」ように諭す内容も含まれており、そういった意味でも考えさせられる(そのため本書は、タイトルで得している反面損している部分もある、という見方も出来てしまうが、そこもまたそれぞれの理由で「目立つのが好きではない」理系の方々の事情を斟酌した結果であるのだろう)。

 要するに、「文系or理系」という枠組みで自らの世界を狭めてしまっているのは、実はものすごく危険なのではないか、ということに、本書をよむことによって気付くことのできる可能性がある。結果論と言われればそれまでだが。

 

 例えば権力をもっている人間が受験戦争を勝ち抜いてきたエリートでありそれが社会の大きな弊害になっていたり、池井戸潤氏の小説のように最先端の技術を余所に盗まれたりなど、そういった話が、著者及び対談者によって本当に誰にとっても他人事でない現実であるという点にも触れている。以下は本書では書かれていないが、そういったあらゆる人達の業績を水泡に帰してしまう原因というのは、もしかしたら我々一般人が作り上げているのではないか。

 「自分は〇〇だから」「あの人はこうだから」という近視眼的な見方から発生する色眼鏡は、何気ないもののようでいて実は結構危険な考えだ。ひいては、自分は文系(理系)だから、という先入観もそれに含まれるのだ。そこまでならまだしも、「難しいことはお偉いさんにやらせておけ」「面倒くさいことは他人任せ」というような考えでは、この国の科学や国益が伸びていくことなど夢のまた夢だろう。これは私の感想だが、「このようなタイトルの本を手に取った以上、知る権利だけでなく自分で何かしら動く義務が生じる」と思っている。

 人間は、自分の知らないことは全てイメージで語ろうとする。それが良いか悪いかは別にして、問題なのは、そのイメージすることだけに留まった挙句思考停止に陥り、わかりやすい結論や権力者の甘言に飛びつくことを疑わなくなることが増えてしまっていることだ。一例を挙げれば、先述した「受験戦争を勝ち抜いてきた社会の弊害になっているエリート」というと、東大出の官僚や政治家などをイメージしてしまう方も多いことだろう。それと対を成す形で、理系というだけで「指導力やコミュニケーション能力が文系人間に比べて劣っている」という先入観を少なからず持っている人もいるのではなかろうか。実際には、文理という枠組みは関係なく、数多の偉人たちがこの世の中を様々な形で救っているというのに。

 世間一般の思考停止による産物が、身近な人間関係を破壊し、あらゆる研究や科学の発展までをも遠回しに阻害している、というのは言い過ぎだろうか。

 

 本書は気軽に知識欲を満たすことの出来る良書だ。それは間違いない。川村氏の才による文章もリード役として十分すぎる程バッチリだし、それぞれの対談相手もまた素晴らしい技術やトーク力を持っている。

 しかしほんの少し見方を変えると、この本は良くも悪くも、タイトルに釣られた人間(私のような)に対するほんの少しの反省を促す要素も含まれている。それだけ本書に記されている内容は、読みやすい反面、深い。