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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

【和田秀樹】人は生きているだけで誰かに迷惑をかけているし、それでいい【この国の冷たさの正体】

 げほげほ、久しぶりにブログを書くな。

 新しい仕事先が決まって、その準備にてんやわんやだったのです……

 研修と仕事が始まっても出来るだけ多く更新していけるといいな、難しいかな……

  はい、今日はこの本

この国の冷たさの正体 (朝日新書)

この国の冷たさの正体 (朝日新書)

 

 

 この本を買った理由としては、腰巻に書かれていた一文が、私の心をつかんだからである。

「何があっても自分を責めるな」

 元来私はそうやってしょっちゅう自分を責める癖があったので、新しい仕事で挫折しかけても何とか踏ん張れるようになりたいと考えて、読もうと思ったのです。

 

 受験勉強のノウハウ本で有名になった著者だが、もちろん今回の本以外にも沢山、世間における問題点を指摘した著書を数多輩出している。中でも本書に関しては、「よくぞ言ってくれた!」と思うような項目が非常に多く、私としても胸のつかえがおりた気分だった。今回は氏が本書で提示した、この生き辛い世の中でどのようにして自分をしっかりもって生活していくのか、という所を中心に取り上げようと思う。

 まず第一に、自己責任論からの決別をはかる、という点である。

 投票という手段以外に政治を直接的に動かす決定権がない私達にとって、自己責任という言葉を盲信するのは非常に危険な思考回路である。そもそもこの理論自体、バブルが崩壊して日本が不景気になり、それが当たり前になりつつある時代にマスコミや政府が流したプロパガンダのようなものである。借金や生活苦に喘ぐ人を簡単に自己責任だと切り捨て、更にそれを庶民にもそう考えさせるように仕向けてきた結果なのだ。そのような暴虐さから端を発した理論から建設的かつ人道的な考えが生まれてくるはずもなく、この世の中を生きる人全員にとって、他人だけでなく自分自身にも深い傷を残す。そんな愚はもう止めるべきだ。

 ではどうすればいいのか、というと、弱者を叩くのはもうやめよう

 人、特に日本人はすぐに物事を善悪で判断し、二元論化したがる。しかし当然の如く、全てがそんなあからさまな表裏一体で成り立っている訳ではない。非常に複雑な事情が絡み合って、一つ一つの出来事が発生しているのだ。ハイジャック事件や小学校の連続殺人事件も、一人の犯罪者が凶悪事件を起こしたことは間違いないが、だからといって単なる自己責任ではない。第一、それらの加害者が、副作用の極めて強いSSRIなどの抗鬱剤を処方していたという事実はどうなるんだろうか? 犯人に全てを背負わせて、問題点を放置してしまうことは、新たな凶悪犯罪の芽を育てることに他ならないだろう。

 犯罪者だけではない。非正規雇用の人や貧困生活に身を置いている人を叩くことだって、全ての責任をその人に押し付けても何も解決しないし、それどころか明日は我が身となる可能性は非常に高い。なのに何故、人間は簡単にこうして自分の立場に近しい人を責めて責めて責めまくるのだろう。

 ここまで書けばもうわかると思うが、じゃあ原因は何か? 何が悪いのか? と考えること自体が、もう良くないのだ。何故なら、たいていその原因とは、すぐに解決できるものでないという答えが出ることがほとんどだからだ。

 例えば、社員が仕事でミスをしたとき、反省したり解決案を出すことは大事だと思うが、あまり責任、責任、という考えに突き詰めすぎると、その理由が、「やった人の能力や適性の問題」だったり「そもそも会社のコンプライアンス及び方針に無理があった」など、すぐその場で解決できないケースの方が圧倒的に多いだろう。そういった際において、安易に“責任”、という言葉を振りかざすことは、何も生み出さないし、破壊的だとすら言える。そこで、氏は提示する。「何があっても自分を責めるな」「自分の人生まで冷たくするな

 スクールカーストの上位層や、メディアに映されるスターなどもまた、彼らなりの苦悩というのを抱えているらしい。常に気の利いたことを言わないといけないし、正義でなければならない。でもよくよく考えれば常に人を笑わせ、正義を守る、という神様のような人間がこの世にいるはずがない。それでも我々は簡単にイメージを垂れ流そうとするマスコミに騙されてしまう。だからそんな幻想に振り回されるのではなく、自分がしたたかに生きる知恵と共に、人生の優先順位をつけ、情けは人のためならずを実践する。そうでないと、人は、他人だけでなく、自分をも簡単に傷つける存在に成り下がってしまう。

 本書も、【この国の冷たさの正体】とは銘打っているが、だからといってその【冷たさの正体】とやらをただ責めるのは間違いだ。それでは今まで我々が行ってきた愚行から何も成長できていない。

 だから最初はイメージしてみよう。

生活保護受給世帯過去最多などというニュースが連日流れるが、じゃあGDPと比較して生活保護費はどのくらいなのだろうか」

「この国は凶悪犯罪率は低いけれど、その代わり自殺率が高いのは何故だろうか」

「いじめ自殺なんて言葉が出てきて、すぐに教育や学校が批判の的にあげられるが、じゃあその自殺した子供の家庭環境はどうだったのだろう」

「そもそも人って、生きている限り他人に迷惑をかける生き物では? だったら何故この国は、『人様に迷惑をかけるな』という悪習が未だに根強く残っているのだろう」

 こういった考えは、自己責任論と同様、ありきたりかつ思考停止に陥らせるような意見で封殺されることが多い。

 しかし、このように、あらゆるものに疑問をもつことこそが、真の情報強者であり、知性のある者、なのである。

 

 最後に。

 私は、人が健やかに生きていくためには、もっともっと他人に迷惑をかけてもいいと思っている。実際に私の周りでも、やや難しい問題を誰かに依頼したり、私にちょっとだけ厚かましいお願いをしてくるような人は、それだけ魅力や才能に溢れた人であることが多い。人、特に日本人は、もっと誰かに頼ったり、身近な人にちょっと手を焼かせてみたりなんかしてみよう。そのような行為が原因でその人に絶大な不幸を背負わせる結果になるなんてこと、まずないから。