くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

普通の人が思っている「現実」よりももっと深く残酷な「現実」【透明なゆりかご~産婦人科医院看護師見習い日記~】

 

 産婦人科

 この日本という国では、多分ほとんどの人が産まれて初めてその場所で産声をあげる。

 イメージされるのは、赤ちゃんの元気な泣き顔、お母さんはじめ家族の幸せそうな泣き顔。

 だけれど、想像もしたくない悲痛な泣き顔もある。

 この本はそれを教えてくれた。

 まずは、その現実をこうして包み隠さず赤裸々に描いてくださった著者に感謝したいと思います。

 

 著者が発達障害をもって育ってきたということは、他の作品を読んでいたから知っていた。もちろん看護師の道を歩んでいたということも。

 だが、見習い看護師の「沖田✖華」さんが、産婦人科でいろいろな経験を積んできたこと、それについての詳細までは知らなかった。

 ましてやその内実が、たとえ看護などに興味のない人であったとしても、“知らなかった”では済まされない、“知るべき”ことばかりであったなど、全く想像していなかった。

 

 確かに、中絶が死因のナンバー1であること。望まない妊娠が後を絶たない事。虐待や死亡事故が頻繁に起きていること、など。これらは今日び学校の義務教育でも学ぶことである。だけど皮肉なことに、教育という形で得た知識は、何故だか多くの人にとって形骸化してしまっている。結果、性交や出産の重要さやリスクなどを真剣に考えない人が出てくる。例えばこの国は先進国の中で唯一HIV感染者が増加しているらしいが、避妊や感染予防の方法なんて皆知っているはずなのに……。

 そして、そんなこの本に出てくるような一部の無知な大人共がいるせいで、産まれてきたばかりの子供は声もあげずに消えていく。

 

 元気にこの世に生誕してくる事を望んでいた大人たちがいくら涙をこぼしたって、フィクションのように死んだ赤ちゃんは生き返らない。

 しかも、全く何の悪いことや原因もないのに、突然お腹の中で死んでしまう赤ちゃんだっている。

 なんで?

 幸せなことだけではない、辛いことも悲しいこも、全部産まれてきてから感じてくれたらいいのに。

 

 でも

 沖田さんの子供の頃の体験談だけじゃない、沖田さんの知っている子供達の非情な経験もこの作品内で書かれている。

「なんでそんなひどい事ができるんでしょうか?

 不幸が起きる

 その連鎖もまた起こる。

 そんなとき、周りの人は何が出来る?

 くい止めることが出来れば一番いいが、叶わないこともある。またそれも現実だ。

 そんな現実糞くらえだが、まずは知る事。それがまずどんな人にもすぐに出来ることだろう。

 

 沖田✖華さんは言った。「生まれてきただけで幸せになれる権利がある」

 この言葉を本当の意味で重く受け止め、そして人々に教えることの出来る人がどれほどいるのだろうか。

 冒頭でも作者は述べている。「以前から病院を舞台にしたドラマや漫画に違和感がありました」

 その言葉に虚勢や偽りはなく、この漫画はどの医療をテーマにした作品よりも現代の看護の現実を告げていると思う。

 

 世間一般のイメージは時として人を思考停止に陥らせる。

 “当たり障りのない教育”も、学習する者に対して現実を教えていないという意味では罪であるとすら言える。

 今この日本における一般論として、一部の悲劇があった場合などを除いて赤ちゃん達は普通に産まれて普通に育っていく、という観念が根強くある事は、ただただ無慈悲だ。

 その一部のために、どれほどの数の無力な命が生死の境を彷徨っているのか。簡単に「ごくたまにあるケース」などと考えてはいけない。

 それどころか、この作品に載っている内容ですら、ほんの「あるところにあるごく普通の産婦人科医院」でしか起こっていない出来事であると考えると、あまりに無情だと言わざるを得ない。

 やはり現実なんて糞くらえだ。

 

 沖田さんの友人の子の「透明な子」のシーンは、デフォルメでも何でもない、本当にそのとおりの表現だ。

 理由は、大人たちが向き合わないから。

 本作品は、その大事さを教えてくれるきっかけを作ってくれた。

 最後にもう一度、この作者に、そんな大切な事実を気付かせてくれたということに感謝したい。