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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

赤毛のアンよりも現実的要素が強いけれど【可愛いエミリー】

 

可愛いエミリー (新潮文庫)

可愛いエミリー (新潮文庫)

 

 

 数年前に放映されていたNHKの朝ドラマで、この作品は取り上げられたのかな? 見てないからわからないけれど。あとアニメ化もされていたらしいが、そちらの方もちょっと見ていない。ので、いつものように、原作の感想のみで記事を書こうと思う。

 今回の本は、赤毛のアンで知られるルーシー・モンド・モンゴメリのもう一つのシリーズ作品【可愛いエミリー】(原題【Emily of New Moon】)。より自伝的で、主人公も幼い頃の作者に似せて書いているという。

 エミリーとアンとの境遇における共通点は、舞台を覗けば孤児であるところくらいか。性格的にも、底抜けに明るいアンとは違い、本作のエミリーは幼い少女でありながら、世の中に対してどっしりと構えた振る舞いを見せることが多い。もちろん年相応に泣いたり怖がったりなどというところもあるが。

 冒頭でエミリーは父を亡くし、伯母達に引き取られる前から女流作家になる夢を抱く。そしてひたすら書き続ける。親友のイルゼ・バーンリ達と時折辛辣な言葉を浴びせ合ったり、世知辛い世の中を生きながらも、自分を表現する。男の子がいろんな所に冒険に行きたがる願望をもつのと同じように、彼女は文章という中でひたすら生きようとする。

 確かにこの本で起こる出来事は、赤毛のアンほど夢や理想に溢れたものではなく、地味な印象が拭えないが、その現実性とエミリー(作者)の文章がちょうど陰と陽の如く隣り合わせになっていて、それにより文を美しく魅せるという体現が見事に成されている。本作品は「暗い」と称されることもあるが、一つの作品としてみて失望や悲観に暮れているわけでは決してない。あくまで“創作”という活動に貪欲であるがために、エミリーや周りの人間が物事をラディカルに捕らえているシーンが多いのだ。情景描写の美しさや主人公を想う人たちの愛情の深さなどは、決して他のモンゴメリ作品に劣っている訳ではない。

 時折、エミリーが最愛の父に書く手紙の内容が大半を占める章が出てくる。そこに書かれている内容は、一つ一つのプロットとして些末的な内容が書かれているわけではなく、むしろその他のメインストーリーに比べれば明るい(もしくは暗い)イベントが記されている――例えば楽しいクリスマスの出来事、愛猫が死んだことなど――。しかし、それを大々的に表現してしまっては、ひたすら未来に向かって邁進していこうとするエミリーの印象が損なわれる恐れがある。本作は抒情的な表現がとても多く、生活していく上で訪れる出来事などは、彼女の心情や個性の前では、取るに足らないことに過ぎないのだろう。北米の人達にすれば、「ニュームーンのエミリー」というタイトルで十分に内容の骨子が伝わるかもしれないが、日本ではどうか。彼女の成長や信念が強く洗われている作品だと感じたのか、「可愛いエミリー」という改題に踏み切っている。邦題の時点で村岡花子氏の訳のセンスが光っている。

 少女の成長物語、それも創作という自分の世界にこもりがちになりやすい分野で、ここまで主人公の個性が深く美しく表れていることに感動を覚える。また、彼女の一言一言も、年相応の自我の強さと才能がマッチングした、垢ぬけないフレーズが多い。

 

「たとえば詩を書くような人が天才だわ。あたしは詩を書くのよ」

「あたしはちっともばかじゃありません」

「あたし、自分がほかの人に似てると言われるのがすきじゃないんです。あたしはただあたしらしい顔をしているだけですわ」

「いまはあまりきれいな顔をしていないかもしれないけれど、天国へいったら、あたしはきっときれいな人になると思うわ」

 

 どちらかというと、彼女が自信を持っているのは、容姿よりも心や文才のようだ。

 

 最後に、赤毛のアンの作者であるモンゴメリが、この作品を書いていた時の背景について、ほんの少しだけここに記そう。

 モンゴメリは、アンシリーズの執筆に飽きてしまい、新しいヒロインを書きたいと考えた末、この作品を生み出したという。また、アンシリーズ最後の作品であった【アンの娘リラ】が、リラの成長を書いているのと共通する部分が本作でも見受けられる。また、当時作者の夫の鬱病が悪化し、生活の重荷になってしまっていたことも、この作品がもつ独特のダウナーな要素となって表れている。しかし、このエミリーシリーズ3部作は、作者自身が書きたいものであったということで、子供時代の自分をエミリーに投影させて書いていた。

 アンのようなキャッチ―かつ第一印象だけで人を惹きつける要素は少ないが、熟読した末により深く心証に残りやすいのは、この作品の方ではないか、と個人的に思っている。