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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

【ひきこもる心のケア】多くの人々と対話をすることにより社会復帰を目指す、ということを実践してくれた本

 

ひきこもる心のケア (世界思想社)

ひきこもる心のケア (世界思想社)

 

 

 通常この手の本だと、著者がひきこもり支援の専門家であり、あくまで業界から俯瞰した形でしかモノを見ていないという見解でしかないパターンが非常に多い。

 しかしこの本は違う。著者(編者)は長年のひきこもり経験者であり、福祉の資格をいくつか所有しながら“今も”アルバイトをしつつ放浪中、という方だ。それでいて、様々な事情を抱えた過去をもつ方や専門家との対話という形を通して、ひきこもりという問題をマルチアングルで捉えている。は本書はまさに今の時代が生み出したマスターピースとも言えるのではなかろうか。

 実際のひきこもりに関する見方や支援、学習などは、実際に本書を買って読んでいただきたいので、今回は各章立てとインタビュイーと大筋を書いて幕を閉じよう。

 

序章:ひきこもりという経験

 編者によるひきこもり経験。以降のページで続くインタビュアーによるひきこもりの概念を書く。

 

1章:自立を強いない支援

 若本サポートステーション代表塚本明子氏による、過去のひきこもり経験談と、事業について。現在のひきこもる若者における自己認識や世間への恐怖感などについて、自立を無理強いせずに社会復帰を目指すやり方を語る。

 

2章:仲間の力を引き出す

 精神科医であり ひきこもり研究センター長である宮西照夫氏は、西欧以外のマヤの伝統医学を調べていくうちに、マヤの先住民の間で「ススト」という統合失調症に似た病の治療に携わる。しかし現地の伝統医学である「儀式と言葉の力」と治療を競い合った結果、失敗する。システマティックな現地の治療体系が、精神の病においてどのような成果をもたらすのか。また、そのようなマイノリティに属するひきこもりや精神病の人達のケアのために、仲間作りの重要性についても解いている。

 

3章:ピア・サポートという方法

自らのひきこもり経験から、当事者にその経験を人生の宝としてとらえていく、という考えをもつ、NPO法人理事長田中敦氏。本章の最後では、同じ悩みを持つ人が当事者宅に訪問し、援助していく「ピア・サポート」というスタンスを取り仲間との関係構築をはかっていくことを、ひきこもり支援における一つの方法として挙げている。

 

4章:対人恐怖とひきこもり

 精神科医であり臨床心理士でもある安岡譽氏。専門家による対人恐怖の定義と理解から始まり、そこには日本の文化との関連が根強く結びついていることを指摘している。アメリカナイズされた日本の競争意識が蔓延るこの世の中で、自分が納得する生き方、そして自分(汝)自身を知ることにより困難な課題を解決する必要性を、十分な説得力をもった上で述べている。

 

5章:自己愛とひきこもり

 臨床心理士香川大学准教授の橋本忠行氏との対談で、ひきこもりと自己愛パーソナリティとの関連性を指摘し、そこからどのようにして治療や問題の解決を施していくのかを語る。そして、ひきこもりに限らず、「共感」の姿勢がまず大事にするとし、相手に対する愛着への欲求を、どのようにしてアプローチし、解決していくことが解説されている。専門家によるその意見とは。

 

6章:モノローグからダイアローグへ

 この章は編者である杉本賢治氏と監修者である村澤和多里氏との対談の場になり、ひきこもりになる経緯の一つとして、外部からの接触や観念が原因となっているということを挙げている。例えば、安易な自己責任論、マスコミによる若者への劣等感の植え付け、社会の流動性など。その上で自分の中に閉じた状態から抜け出すには、自分の中だけで対話をする「モノローグ」から、自分の話を外に出したり他者を意識するという「ダイアローグ」という試みを行っていくことから始めることが、当事者の現状を打破する方向へと変えていくのではないか、という対話が行われている。

 

7章:オーダーメイドと支援

 7章と8章では、発達障害とひきこもりの関連性を主眼に、対話が進んでいく。高機能自閉症アスペルガー症候群の人は、子供の内から「暗黙の了解」「場の空気」が読めず、いじめの対象となりやすく、現実問題としてひきこもりになるケースが多い。大学教授の二通諭氏は、小・中学校教員として発達障害の生徒の特別支援教育に長く携わっており、オーダーメイドの支援をするうえで、こう語る。「まず本人から話を聞く」「語ることによって、その『語った』という事実を過去形にすることで次のステップへ臨める」「そのために『語る相手』という存在が絶対に必要」「対話によって自信を対象化し、客観視することが出来るので、その意味でも人との出会いをプロデュースしていくことが大事である」

 

8章:自閉症スペクトラムとひきこもり

 発達障害は「福祉的な概念」であり、個人の問題として処理されてしまうケースがある。元札幌市自閉症発達障害支援センター所長の山本彩氏は、そこを指摘し、誰にとっても必要な支援を行うことが大切だとする。手すりを付けたり高齢者の補助具のように、誰にとっても邪魔にならないような、ユニバーサル(普遍的)な支援を。それと並行して、一般的な方法での教育が難しい場合などに親に手を差し伸べたり、早期療育を施すなど、フォーマル(形式的)な支援を行い、そのためのサービスや福祉を十分に扱っていくことの必要性を、この章では話している。

 

9章:若者が着地しづらい時代の支援

 本章では社会的排除と引きこもりという現象について、精神科医の阿部幸弘氏は切り込んでいく。様々なハードルや課題があるこの世の中で、驚く程社会的な支援が乏しいことを挙げ、そのために苦しんでいる人達が、ひきこもりの人以外にも沢山いる。若者が労働市場や働き口に上手く着地できるようになる社会を作り上げるという課題を、日本は怠った。当事者のみならず、社会も構造や変化に学んでいく必要があることを挙げている。阿部氏は語る。そのためには、出来るところからやってみて、行動することが大事である、と。そしてそのためのネットワークを展開していくことが、これからの教育制度に必要なことである、と。

 

10章:生活を自分たちで創り出す

 「遊び」について、北海道大学大学院教授の宮崎隆志氏は、それが学びや働きに変わっていくと訴える。型にはまった遊びに捕らわれるのではなく、それを上回るおもしろい遊びを知ることが重要である、と。ひきこもりになる人は、実はものすごい主体性を発揮した人で、そのエネルギーの転倒によってそうなってしまった人がいて、そのような視点から“責任”や“潜在する声”を見ていく必要があるとも述べている。ひきこもりとは特殊な事情ではなく、ある状況を示しているだけだとも言えるのだ。

 

終章:ひきこもり問題の臨界点

 ここでまた編者と監修者の対談で場面が進む。「心のケア」というと、ひきこもりを個人の問題に還元してしまうおそれがある。反面、支援者の多くが善意で行っている事が、当事者を弱者に仕立て上げてしまっていることも見逃せない。社会的な構造が個人のメンタリティに織り込まれていて、そのような現実があるのにも関わらず、ひきこもりを個人のせいにしてしまっている。ひきこもっている人を「ふつうの人」に戻すのではなく、新しい世界を一緒に創っていく支援が、今後必要になってくるのだという。そのために居場所作り、集団の質、共生社会をどのように起こしていくのかが、今後の課題といえるのであろう。