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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

【モーパッサン】本当に醜いものの正体【脂肪のかたまり】

 

脂肪のかたまり (岩波文庫)

脂肪のかたまり (岩波文庫)

 

 

 物語は普仏戦争(1870年~1871年)時、プロシャ軍に占領されたフランスの都市ルアンから始まる。その街から乗合馬車で移動する様々な事情を抱えた10人は、同じ乗客の中にいるブール・ド・シュイフ(脂肪のかたまり)と呼ばれる太った娼婦(本名エリザベート・ルーセ)を忌み嫌っており、当てこすりや蔑視の目を向ける。馬車が悪天候のため、目的地であるル・アーブルにはなかなか着かず、乗客たちは心の中で空腹を訴えるようになる。そんな中、ブール・ド・シュイフが食べ物の詰まったバスケットを取り出して食べ始め、他の乗客にもすすめる。乗客たちは先程の彼女に対する悪意もどこへやら、快く彼女を受け入れ、それを食べながら軍や戦争の話で盛り上がり、空腹を満たすことが出来た。

 やがて馬車はトートの町へたどり着いたが、そこもまたプロシャ軍に占領されていた。10人の乗客はその場でプロシャの士官に宿に連行される。寒い宿の中で2日間の間全員が出立を禁止されるが、その内にブール・ド・シュイフが士官にくどかれ始める。彼女が愛国心からプロシャ士官のアプローチを拒否していることをきっかけに、旅行者全員が彼女に対する考えがまた変わり始めてきた。彼女が士官と寝ないために自分たちがこんな目に逢わされている、と。しかしそれを直接口にする者はいなかった。

 他の乗客たちは各々勝手な理屈で、ブール・ド・シュイフが士官と寝ようとしない事を否定し始め、遠回しに彼女を士官と寝させるように仕向ける。ブール・ド・シュイフは当然拒否し続けたが、あまりの執拗な説得についに彼女は士官と寝た。翌朝、ついに出発することを許された。

 乗合馬車の中で、乗客たちが再び団欒を始めてからも、誰もブール・ド・シュイフの方を見ず、考えようともしなかった。彼女を犠牲にしておきながら、大きなバスケットの食事を振る舞われたことなど忘れ、今こうして宿で用意した新しい食事をガツガツと貪っている。彼女は怒りに打ちひしがれるが、やがてそれが涙に変わる。それに追い打ちをかけるかのように、一人の乗客がフランスの国家(当時は過激な歌とみなされていた)を、他の乗客への当てつけのように歌い始める。

 

 愛国の聖なる心よ

 導き支えよ 復讐に燃ゆるわれらの腕を

 自由よ 愛する自由よ

 汝が守り手とともに戦え!

 

 愛国心のために尊厳を守りぬこうとしたブール・ド・シュイフは、すすり泣きを抑えることが出来なかった。

 

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 ここまでがこの本のあらすじなのだが、本書は敗戦国であるフランス国民と、そこで堕ちた人間の醜さやエゴを書いていて、尚且つ登場人物の目線を定めないことにより、出来事が客観的に書かれてあるところが重要なポイントとなる。人々は口々に彼女を罵る。しかし直接は言わない。強引な理論や大義名分を押し付け、そのために自分が間違ったことをしようとしているなど決して思わない、いや、思おうとしない。最初に弁当を振る舞われて空腹を満たすことが出来たのも、宿でプロシャ軍から解放されることが出来たのも彼女のおかげだというのに。

 同じフランス文学の中では、例えば【レ・ミゼラブル】でも見られるように、娼婦という存在はたびたび一方的に蔑まされる存在として書かれることが多いが、この場合でもやはり同じくみじめに扱われている。しかし客観的に見て、心に醜い脂肪を抱えているのは、どう考えても他の乗客達だ。勝者は敗者をぞんざいに扱い、更に敗者はその中の最も惨めな者を貶め、しまいには利用するだけして後は見て見ぬふり。果たしてこのようなことは本当に戦争中だけに訪れることだと言えるだろうか?

 人間とは、負けた者や自分より立場が弱い者にはとことん厳しい。目を覆いたくなるような人の悪意を見ても、それが戦争や環境のせいだ、と簡単に思えてしまうこともまた、人間の罪の深さの一つとも言える。平和なこの国で、今一度自分にとって、本当に戒めなければならないことは何か、本書はそれを考えさせてくれた。