くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

正常と狂気の境目なんて誰にもわからない【クワイエットルームにようこそ】

 

クワイエットルームにようこそ (文春文庫)

クワイエットルームにようこそ (文春文庫)

 

 

 雰囲気と言うか、主人公の境遇は卯月妙子の【人間仮免中】に似ている。……いや、あっちはもっとひどいか。しかもこちらは創作なのに対して向こうは実話だし。

 こちらは、単純にODやら何やらですごく馬鹿なことをしている主人公を出来るだけ深刻にならない程度に書いていて、それでいて読み始めた段階で既に、ラストはちゃんと救いのある結末で終わらせてくれるんだな、という安心感みたいなものを感じ取れる。まあその期待はある意味裏切られるんだけど。

 クワイエットルームとはいわば病院の隔離部屋だ。精神的にトチ狂って問題を起こした者がそこのベッドに寝かされ拘束させられる。タチの悪いことに、この本に出てくる精神病棟の患者たちは、自分が頭おかしいということを自覚している人間がほとんどいない。もちろん主人公も含めて。でもよく考えてみると、じゃあ頭がおかしいってどういうこと? 人に迷惑をかける人間はあからさまにダメだけど、ここでの定義は少し外れる。

 いわば、他人に迷惑をかけたら刑務所に入れられてしまうが、自分に迷惑をかけた者は、精神病棟及びクワイエットルームに入れられるのであろう。

 実際の世界でも、狂っているかどうか、というのはあくまで他己評価だ。頭がおかしい人間とは、他人によって作りだされてしまうこともある。

 第一冒頭にちょろっと書いたが、この本の主人公なんて、現実の世界で見てもこの本の登場人物全体から見ても、まだ正常な方だ。実際には、もっと潜在的におかしい人間なんてたくさんいる。日本だって毎日90人近くが自殺しているのに、我々は感覚が麻痺してしまっていて、今は「だから?」で片付けられてしまうレベルである。ODくらいで、と言っては語弊があるが、この国はもっと危ない人を救えないで、救うべき人を見逃しているような気がする。

 正常な人間と異常な人間。どこがどう違うのか。

 一番の差異は、実際に異常な行為をしてしまったかどうか、ということだと思うが、考え方が人と違うだけで処刑されたり、間違ったことをしても許されたり、結構他人から受ける評価や処罰なんて曖昧なものだ。この本はそんな絶望と希望、正常と狂気のはざまをうまく書いた秀作であった。

 自分の中で大きフラストレーションを抱えていると、人によっては自らを傷つけてしまうこともある。特にこの国の教育では小さい頃から「人に迷惑をかけてはいけない」ということを徹底的に教える。でもその割には、自分を大切にしなさい、という教育は驚く程少ない。その結果が、今のこの国の精神病患者の数であり、自殺率だ。長い罰ゲームを与えて、どこかで神がほくそ笑んでいると想像するだけで、非常に胸糞が悪い。もしかして、この本の登場人物にとっての神ってのは、読者たちのこと? この本読んでゲラゲラ笑っている僕がいるように、我々も天井から神から長い罰ゲームを与えられ、笑われ続けているのだろうか。