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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

意外と少ない?筒井康隆のショートショート集【くたばれPTA】

 

くたばれPTA (新潮文庫)

くたばれPTA (新潮文庫)

 

 

 昨日本屋に行ったら、この本が何故か平積みにされていた。やっぱりこのご時世、自分が接客や娯楽などの仕事に関わっていなかったとしても世に蔓延るクレーマー達に辟易している人達が少なくないことの表れなのか。

 

 筒井康隆ショートショート集が少ない、と記事のタイトルには書いたけど、考えてみればそんなことはないか。星新一が多すぎるだけだけれど実際には短編や一部の長編の方が有名なのは間違いないだろう(日本以外全部沈没など例外もあるが)。

 文庫版の「笑うな」も似たような傾向があるが、本書はどちらかと言うと短編集としての趣もある。実際後半になるにつれて数ページで終わる話は減っていく。だが、本書がそれでもショートショート集として出版されているのは、タイトルの壮大さとは裏腹に凝縮して少ないページでまとめているところにある。「秘密兵器」「女権国家の繁栄と衰退」なんて、中編、下手すれば長編に出来そうなタイトルとあらすじなのに、それでも長くて十数ページで収めてしまっている。この辺りはさすがに筒井康隆のとてつもない創造力と文章力のなせる業といったところか。

 

 表題作である「くたばれPTA 」は、SF漫画家である「おれ」の元に「悪書追放運動の婦人団体」なるものが乗り込んで来、弾圧するというもの。タイトルからして、主人公が悪質かつタチの悪いクレーマー達に立ち向かい、倒すというものかと思いきや、意外とそう言った終わり方ではなかったりする。どうも溜飲が下がらない思いをさせられるが、決してつまらないわけではない。

 そもそも筒井康隆の小説は、意外と時の権力にいいようにやられてしまって終わり、という後味の悪いものがかなり多い。それも著者なりの現代社会に対する皮肉の表し方の一つなのだろうが、だからこそ逆に氏の小説を読むことをやめられない。我々が奮起し、現実の権力に対し翻す力を与えてくれる。

 しかし何故悪質なクレーマーが世の中に現れるのだろう? それも主婦や高齢者を中心に。人生や子育てと言った理不尽なことと向かい合わなければならない境遇に立たされると、自分も適当な相手に理不尽ないちゃもんをつけたくなったりするのだろうか? だとすると、氏の作品である「最後の喫煙者」でぼやいていたように「やはり人間と言うのは戦争が好きなのでしょうな」といった解釈から見てもわかるように、本当に人はつくづく争い事を求めたがる生き物なのだな、と思う。そんなクレーマー達が、教える対象に向かって“悪いことは真似してはいけませんよ”と言っても説得力がないし、なるほどそうなれば怒りの矛先を自分ではなく、周りに向けるという方向に帰結するというのもうなずける。

 

 それと別の書籍で仕入れた内容だが、氏は随分と女性に対し恐怖心というか、トラウマを抱いているらしい。なんでも通っていた高校で、女子の権力がやたらと強く、いじめなど結構嫌なこともされてきたとか。だから本作に限らず、氏の女性の恐ろしさは非常にリアルで、戦慄を覚える。その最たる例は短編「懲戒の部屋」であろうか。

 しかしもう数十年も前の作品であるのに、色褪せるどころか、どんどん現実世界の方が作品の内容とリンクしている節すら感じられる。これは氏が時代を先取りしていたと言うより、いつの時代も変わらない人間の醜さや狂気という物を、この頃から熟知していたからだろう。もちろんこの作品だけではない。今からありとあらゆる筒井作品を読めば――その多くがエンターテインメントに属するのに――まるで純文学のように時代を超えて人々の心に深く刻み込ませる力をもっていることに気付くことになる。

 筒井康隆。末恐ろしい方だ。