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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

他人の不幸がちっとも美味しくないことを教えてくれたという意味では偉大な漫画【どぶさらい劇場】

 

どぶさらい劇場

どぶさらい劇場

 

 

 同作者の「四丁目の夕日」と違い、ギャグ的な要素が多分に混じり合った主人公の転落人生を描いているので、読後感における鬱度は低い。

 そのかわりエログロぶりは他の追随を許さない。すぐ排泄の描写が出てくるし、虫とか性器とか内臓とか気持ち悪いものばかり表れる。何もそこまで徹底しなくても、というレベルの不快さだ。僕の場合読んでて乾いた笑いばかり出てきた。その上スピード感あふれるコメディ漫画、という見方も出来なくはないため突っ込みが追い付かない。

 しかし、である。

 今でこそ再婚して双子を産んで新たな家庭を築いて、ツイッターでしょっちゅうぼやいてはわりかし幸せそうな(?)生活をしている作者だが、元妻のねこぢる氏を自殺で失う、という作者を思いつつこの漫画を読むと、妙な哀愁が沸きおこる気がしてくる。

 この漫画の主人公のエリ子は、あまりに深すぎる絶望の淵に落とされても、その性格の悪さのせいでちっとも同情できない。でもだからと言って「ざまあwww」と思える程溜飲が下がる思いを読者が出来るわけでもない。それは初っ端から主人公の終わりの始まりが描かれているため、読者が、いい気味だ、と感じる土壌すら出来上がっていないためだろう。ただお金持ちでわがままな女子大生がどんどん落ちていく、という意味で、この主人公は単なる身勝手な人間の堕ちていくさまを記した“記号”に過ぎないのではなかろうか。

 あまつさえ現実ではどうか。作者の山野一という一人の生身の人間は、もはや他人がどうこう言える話でない事態に遭遇した。こうなると現実の何と残酷な事よ。もしかしたら四丁目の夕日より、タチが悪いな現実と言う魔物は。

 それを考えた上でこの漫画を読了すると、もう本当に他人の不幸はちっとも飯が美味しくないな。だって実際の不幸はどぶさらいなんてレベルじゃなく、こんなに汚い目に逢わされることだとイメージさせられるきっかけになるのだからな本書は。この漫画の汚らわしい描写は、いろんな意味で飯を不味くする。現実に辛い目にあった人を想像すれば尚更。

 でもじゃあ、もし作者にこれと言ったバックボーンがなければ、この漫画は妙な形で考えさせられるものになっていなかったのであろうか。それもちょっと微妙な所だ。あまりこんなことを言うと趣味が悪い、と思われるかも知れないが、読み物としては十分に面白いから、漫画の展開には笑える。でもやっぱり上記の理由で、主人公が転落したことそのものに笑える余地はあまりない。勧善懲悪もののように正義が動いた結果最後に悪人が堕ちるというならともかく、この作品の話はちっともそんなものではない。やはり主人公が胸糞悪い人格だからと言って、そして作者に何があったからと言って、それについて読者が喜ぶ要素は何一つない。

 

 鬼畜系漫画家として名を馳せた作者。この漫画もその内の一つだから、そういう作品としてみれば本書の完成度は高い。しかしそのまま登場人物の転落人生を現実の人間のそれに照らし合わせることはさすがに厳しい(神とかそういった非現実的な要素が出てくるせいでもあるが)。四丁目の夕日に関しては、あまりの悲惨さと狂気のせいで逆に、「人生ってこんなものだよな……」と、読者に思わせてしまう危険性を孕んでいるが、本作品はまさにナンセンスの塊で、それでいてフィクショナルかつギャグタッチに振り切っている。その効果は、描出は気持ち悪いが読者の心に対する奇妙な浄化を施す。他人の不幸、ではなく、ただ人間がひどい目にあうもののその経過や表現が面白く料理されているせいで。

 読んでいて腹の底から笑ったとしたら、そんな自分が嫌になるほどである。それほどキモ面白い。