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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

結局ほとんどの人間は最低限度の生活から逃げられない【逃げる中高年、欲望のない若者たち】

 

 

 村上龍氏が書いたこんなタイトルのエッセイ。「あっ……」と察したあなたは正しい。氏はいつもそんな本読み人間の期待を裏切らない。

 

 最近は氏に対して、昔みたいな毒が消えた、という人もいるかもしれないが、僕から言わせればずっと昔の感性と栄光にしがみついて変化しない作家の方が、芸術家として失格だ。氏は20代前半でデビューしてからその筆を常に時代と共に対応させ続けてきた類まれなる作家だ。そりゃ、今も昔も氏のメッセージは、人によっては賛同出来ない意見も多々見受けられるし、僕も「それは違うだろ」と突っ込みたくなることは多いが、裏を返せばそれだけ氏の言葉に重みがあり、現代を生きる人たちへ常に強い影響を与えてきた証拠でもある。

 

 本書では相も変わらず普遍的な物事に関して「〇〇は✖✖だ」などと断定口調で攻めまくる筆者。「こんな若者は不幸だ」とか「大企業の社員の方が相対的に有利」など。なんでも十把一絡げにするのが好きだなぁ……。おそらく氏は自覚しているはず。こんな風にはっきりとモノを言った方が民の耳に響くし、自分にもその力や資格がある、ということを。やっぱり世の中、何を言ったか、ではなく、誰が言ったか、なんだな。イチローが「努力して今の自分がいる」と言うのと元議員天下り無能社員が「努力して今の自分がいる」というのでは言葉の重みも意味合いも全く異なる。うっ、頭が……

 

 そして自分自身を「逃げる中高年」の内の一人だといった趣旨の文が一つもないのも、すがすがしい。まあ別に氏が何かから逃げているとは僕も思っていないが、本当は他の中高年だって多分逃げるつもりはないだろうし、若者だって欲がないのではないと思いますよ。ただ見る人によって価値観が違うだけ。だって昭和を生きていた人が現代にタイムスリップして、インターネットやスマホなるものを見たら「こんな手軽に電話や情報収集が出来るなんて、この時代の人間は何と贅沢なんだ!」と思ってもおかしくない。ただ今の人の観点に立つと、それが当たり前になりすぎて欲望という見方そのものまで麻痺してしまっているということ。インフラだって便利すぎる程便利だし、ネットでぽちっとするだけでその日の内に欲しいものが買えて家に届くなんて、そりゃ車なんかいらないと思う人はいらないよ。

 下品な話になって恐縮だが、性的なものだってそうだ。簡単に性欲という欲望を処理できる。思春期の男子ならスマホで「マ〇〇」と検索し、あとはティッシュを消費するだけ。簡単すぎる。そう、繰り返すが欲望の処理があまりにも簡単になりすぎているのだ。さすがの氏もそういった“便利なものを便利だと気付かずに使いこなせている若者の心理”までは深く理解できていないみたいだ。まあこの時代に思春期を生きてきたわけではないから仕方ないのだろうが。

 しかし流れ出るティッシュと共に人々の未来も流されていく事は、もうこの国にいる人の大部分が感じていることだろう。若者は減り、年金世代は爆増。いつ国がオケラになるかわからない、いや、もうなっているも同然か。そんな世の中。しかし、氏はやはり抜かりない。「うつ病や自殺を回避することをまず第一に考えよう」と提言する。確かに、よほどお金や運のない人でない限り、今のこの国で餓死する確率はかなり低い。道端で携帯電話で通話しているだけなのに、通行人からその持っている携帯を銃だと勘違いされ、いきなり通報されたり殺されたりすることも、日本ではない。つまり氏は、この国で自殺をする人は、たいていそこまで追い込んでいる者の正体は自分自身である、ということを指しているのではないかと思われる。それは一般的に言われる自己責任論を振りかざしたりしているのではなく、まだ自殺や心の病といった状況に追い込まれる前に、何とか対処できるケースがほとんどだ、ということである。噛み砕いて言うと常に自分を正しくもて、ということ。簡単な話。

 それにつけても面白いのは、タイトルから内容まで挑戦的なメッセージを送り続ける作者が、「人と比べないことが自分を不幸にしない第一歩」というわりと普遍的な観念を無視していることだ。ヘイトを稼ぎ、読者に向けて他人の感性という物差しで考えさせ、煽る割には「超人とは何か」「どんな人が不幸か」などと論じる。普通の人が言ったらちゃんちゃらおかしくて聞いてらんない。でも氏の書籍なら、何故かはわからないが「またまたそういうこと書いて^^;」などと思いつつ読めてしまう。これが才能というやつだろうか?

 

 中高年だって、逃げる云々の前にまず第一に生きていかなくてはならないし、若者だって何も去勢されて欲望という欲望を根絶された訳ではない。結局この平成の日本という国でも、昭和とは違う形で、最低限度の生活を余儀なくされている人が少なくない、というだけの話だ。

 以上より、この本。紹介しておいてこういうこと書くのもなんだが、村上龍初心者の方にはおススメしない。読むなら他の氏のエッセイに触れて、それで面白い、と思えば読むと良いです。そうすればきっと、本書に書かれてある氏のメッセージを無批判に受け入れるという愚行を行わずに済む可能性が高くなる。どんな本でも読み物は読み物として受け入れた上で、盲信するのではなく、自分の力をつける糧として読むことを勧めます。氏の筆力が尋常じゃないだけに、このような影響力のある人のいう事をただ何も考えずに享受し、ちょっと勘違いしてしまって自らを滅ぼしてしまう人がいないとも限らないから。