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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

単なる社会風刺でなく、「政治のあり方など本では教えてくれない」ことを伝えた名著【動物農場】

 

動物農場 (角川文庫)

動物農場 (角川文庫)

 

 

 今日日動物に例えずとも資本主義の酷さと、それに輪をかけたような社会主義の恐ろしさは、数々の文献やインターネットで知ることが出来る。

 しかし、本というものは単なる資料集には留まらない。読者に考えさせる力をもつことが、その主な役割だと、僕は思っている。動物がいる農場、ではなく、動物が人間を追い払い、支配した農場。冒頭の時点で何か窺い知れない狂気のようなものを感じる。

 

 先日自分が書いた記事で、チャールズ・ブコウスキー著【町でいちばんの美女】に書かれてある言葉、「世の中には、悪い政治と、もっと悪い政治があるだけだ」という言葉は、普段僕たちが生きているこの日本という国の政治をみるだけでも十分に感じられるはずだ。しかし、本を読むだけならまだしも、政治のことを考えるなら感じるだけでは駄目だろう。その答えは個々の判断に委ねるとして、その力となりうるのが、本書のような力強いアクティビティを巧みに書き記した、文献だと言える。

 

 本書から抜粋した、動物農場における7戒

1.いやしくも2本の脚で歩くものは、すべて敵である。

2.いやしくも4本の脚で歩くもの、もしくは翼をもっているものは、すべて味方である。

3.およそ動物たるものは、衣服を身につけないこと。

4.およそ動物たるものは、ベッドで眠らないこと。

5.およそ動物たるものは、酒をのまないこと。

6.およそ動物たるものは、他の動物を殺害しないこと。

7.すべての動物は平等である。

 

 いつの時代も、くだらない決まり事やルールを作るのは独裁政治の宿命であり、真っ先に全て破るのも権力者側である。しかし盲信する民はいつの時代にもいる。そのおかげで権力者は豚のように太ることが出来る。

 さて、スターリン政権を皮肉った本書だが、果たして単なる過去の話、多国の話と言えるだろうか。

 

 日本だって、最近何かあるとすぐに「ブラック〇〇」だ。ブラック企業に留まらず、ブラックバイト、ブラック社労士。そういう言葉が問題なのではなく、ブラック〇〇という言葉が蔓延っているのは、裏を返せば広まっている分だけ泣き寝入りしている人がいるってことですよね。何故ネットで吐き出すだけで満足してしまうのか。はっきり言おう。ネットや書籍で社会や政治は変えられない。

 もちろんそんな日本にもいいところがある。しっかり歴史から学ぶ人が多い所だ。なんだかんだ言って日本はやはり他の先進国と比較しても教育の水準は高い。やれゆとりだ何だ言っても、ほとんど世代間ギャップの範疇、だと言うのは言い過ぎであろうか? 僕はゆとり世代ではないが、ゆとり世代を批判する人は別の意味で心にゆとりをもてばいいのに、と普段から思っている(おっと話が逸れた)。

 ただ、「私達が歴史から学ぶ唯一の事は、歴史から何も学んでいないということである」という言葉もある(誰が言ったかは忘れた)。貧困や戦争やテロなど、諸外国に目を向けると欧米からイスラム圏まで、その言葉がどれほど的を射ているかは一目瞭然なのだが、この日本という国がその歴史と現状を理解でき、同時に他国の惨事を他山の石とする力があることも、僕は信じている。

 だから、どの書籍も同じことが言えるが、こういった本を読む人は、本に影響されるのではなく、自らの力にすることが望ましい。幸いこの国は信仰も自由だし特定の政治思想に反する知識を得ることに圧力をかける法律も存在しない。力を得ないのはもったいないどころか、生きる上で必要なことを自ら捨ててしまっているとすら思える。それでは家畜と変わらない。

 しかしそんな日本だからこそのアキレス腱はやはり存在する。それは権力をもつ人間が表向きは平等と民主主義を掲げていることと、そのことに気づかない人が多いことだ。

 本書には更に「すべての平等」という言葉に対し「もっと平等」などという酔狂な言い回しをした戒律も存在する。平等に“もっと”もクソもあるか、と突っ込みたくなるが、この時点で平等を掲げる人間に限って、自分を特別視している人間ばかりであることが窺える。日本はなかなか“搾取”という言葉の意味を、する側もされる側も理解できない。具体的な禁止令や法律は存在しないが、無言の圧力のようなものは存在する。そこはちょっとこの国の良くないところだと思う。

 国は、一般市民が裕福になればなるほど税金が多く取れ、国益が上がると思われがちだが、実際には逆で貧乏になればなるほど上が潤う。中間搾取がしやすくなるし、教育の機会が奪われればワーキングプアになっても、そういう人々は不平は漏らすだけに終わり、大衆を牽引するような力をもつ人が出現することも、そのような行動が起こる可能性も減るからだ。この国でも、自民党政権に文句を言う特定の団体はいるが、あまりに器が小さい。第一、敵がいて初めて自分の正義を通せるのなら、それは本当の正義とは言わない。ここだけの話、そういう団体がこの本の豚共のように権力を持ち始めることは、絶対嫌だし断固反対する。曖昧な正義で我を通すことしかしていないし、それにあらゆる意味で力が弱すぎる。実情は、この本の豚より世間的な影響力が少ないのがかえって救いか。

 別に僕は右翼も左翼も支持しないが、少なくとも家畜になるのも、本来の家畜である豚に従うのも嫌だ。人間に生まれたには人間らしくありたい。知恵を持ち、知識を得、歴史から学び、武力を持たずに和平を結ぶという、畜生には出来ない人間という生き物の誇りをもって。

 

 何度でもいうが、やはり書物というあらゆるコストパフォーマンスに優れた知識の海に、多くの人が溺れたら嬉しい、と僕は常々思っている。理想郷のような政治のあり方やあなたの生き方の指南はどんな書物にも書いていないかも知れない。そう、例え、本書のような名著をもってしても。しかし少なくとも、物事を知ることを進んで行う自分、という存在を知ることが出来る。