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くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

これ一冊のために本棚が酒臭くなった【町でいちばんの美女】

 

町でいちばんの美女 (新潮文庫)

町でいちばんの美女 (新潮文庫)

 

 

 のっけから本書と関係ない前置きになってしまうが、海外では自殺した小説家、というのは日本に比べると割合的には多くない。ヘミングウェイだって晩年は躁鬱を患っていたため、アメリカでは自殺ではなく病死扱いされたとも言われている。

 

 【町でいちばんの美女】。読んでみれば、とりあえず著者はヘミングウェイの文体にものすごく影響を受けているのはわかる。だがもちろんチャールズ・ブコウスキーという作家が持つ独特さというものは存在する。今回はこの本からそれを読み取ってみようと思う。

 

 まず、一言で言うと「この本は酒臭い」。

 飲酒の描写は多いが、いささか過剰にすぎる、というわけではない。どちらかというと低賃金労働とか女絡みの事とかそんな意味で社会の底辺をさまよっているカットが多い。

 じゃあ何故、自分の家の本棚はおろか、ヴィレッジバンガードなどでもこの本を見かけるだけで、アルコールの臭いがプンプン感じるようになったのか。

 それはこの本の主人公の行動や話の骨子が、まるで二日酔いの人間のそれに似ているから、だと思う。

 

 もう一つあげよう。これは弱さを一つのテーマにした文学。

 日本ではすっかりおなじみの、太宰治坂口安吾など、堕落や破滅を書いてきた小説の数々。反面欧米文学では、こう言った、まるで売れないミュージシャンの自暴自棄の果てを綴ったような構成の小説は、少なくはないがおそらくアメリカの一般市民が抱いているような文学のイメージ象とはややかけ離れているものではないか、と思われる。

 うだつの上がらない人間の周りには同じような者ばかりが集まってくる。金はあるところにばかり集まる。マタイの福音書にも書かれている通りのことだが、これは生物における定説のようなもので、自分がいくら離れようともがいても地獄の亡者にとりつかれているようでなかなか抜け出せない。本書はそんな人間同士の傷のなめ合いや後悔ばかりが残る情事など、人間の弱さをまざまざと見せつけるだけでなく、フラットに書いている。

 

 続いて、これは自伝小説ではない。

 30の短編から成る本書は、そのほとんどの話の主人公の名が「チャールズ・ブコウスキー」となっているし、年譜を照らし合わせることで、この話のほぼ全てが作者の体験や心境を元にリアルタッチで書かれたもの、と思ってしまいがちだが、必ずしもそうと決めつけることは出来ない。それは、読めばどの辺が狂気的かつ非現実的な要素があるかわかる、と言った類の解釈ではなく、単にきちんとアメリカに生きるプアな男の行き様を書ききっている、というだけの話である。各話毎のつながりはないものの連作短編としても上手くできていると言ってもよいし、主人公のどうにもならなさを客観的に見て取っている、ということが読み取れる。決して「自分の体験がこの国の問題の一部として表されている」という驕りを持たず、淡々と小気味良く書かれており、読んでいくうちに映画を観ているようなスピード感と独特のリズムを味わえていることに気付く。

 

 最後に、これはおっさんの青春小説

 出会った女とのセックス、ファック、そして低賃金労働、酒におぼれる生活。全部抜粋するとそれだけでダウナーな気分になってしまうほど、人間が誰しも一度は憧れる黒い部分が満載で、それが読む者を惹きつける。

 もちろん創作なんだから、ただそれだけを書いた小説ならこの世にごまんとあるだろう。だが、各話の主人公がここまでブレずに己の欲望に忠実で、自分の臆病さをも守っており、ついでに酒臭い。それがこの本の独創的かつ着目したいポイントだ。

 おっさんと呼ばれるくらいの年齢であっても、毎日を要領よく暮らせている人間がどれほどいるか。本書のようにボーンヘッドとリグレットを繰り返し結末に何も残らないむなしさを描いている、というのは、むしろ青春小説を読んだ時の読後感に近い。違いと言えばオレンジのような甘酸っぱさでなくイカ臭くなっている、というだけに過ぎない。

 硬派に振り切れるほどの強さは持てず、かと言って軟派で要領よくやれるほどカリフォルニア界隈をブイブイ言わすことも出来ない。でも人間なんて当然そのどちらにも当てはまらないケースがほとんどだ。読者は狂気的な主人公に、同じシンパシーは持てないのに、何故か情景が目の前に浮かぶ。それはただ理論武装と超展開で読む者を納得させる空想小説とは対極にあると言える。もちろんどちらが優れているか、という話をしているのではないが。

 

 みじめな環境にいるのに、何故か居心地がいい。まるで悪魔にでも好かれているかのようだ。そして(あえて本書から抜粋すれば)、この世の政治は悪い政治と、もっと悪い政治しかない。苦しいのはそのせいか? ただ一つ言えることは、前者のマシな方に浸かっているだけで愉悦を感じている人間が少なくないということ。

 人生だって同じ。悪い人生と、もっと悪い人生があるだけ。それはひとえに、自分の欲望や感情を100パーセントコントロールできる人間が、この世で一人もいないせいだ。

 おっと、こんなネガティヴな結論で締めくくってしまった。どうやらこの本を嗅ぎすぎて二日酔いになってしまったようなので、そろそろ寝なおすとしよう。