くまの書評ブログ【すべての書籍は血肉縁】

“血”となり“肉”となり、人々の“縁”となる読書の素晴らしさを、野獣目線で呟いていきます。

ブログ引越し&閉鎖のお知らせ

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 先日、以下の私のWebサイトを、新サイトとして紹介したと思います。

kenjinia.com

 

 この度、新しいサイト運営に集中しつつ、書評も含めた内容の記事をアップしたいため、そちらに引越しをしました。

 過去記事も(ほぼ)全て移動し終えたので、現在のところは、こちらでもそちらでも読めます。

 

 そして、それに伴い

 

 本ブログも約1ヶ月後の2月中旬を目処に閉鎖します。

 

 理由はいくつかありますが、概ね以下の3点です。

 

独自ドメイン及び自分で構築したサーバーのサイトに、集中して記事をあげたくなった。

SEOやサーバーの設定・ポートフォリオなど、様々なWebやインフラの知識及び技術を自分でもっと自由にカスタマイズしたいと思った。

・自分の関わっているIT業界や、日常のことなど、定期的に発信していきたい話題の種類が、読書(書評)以外に大幅に増えたため、統合して運営していきたい。

 

 以上が主な理由となります。

 

 これまで本ブログを読んでくださった方々。

 また、コメントやスターを下さった方々。

 本当にありがとうございました。

 そして、これからも、引越し先のサイトで記事の更新は続けていきます。

 今後とも末長く、よろしくお願い申し上げます。

 

 大熊 詩音

ZOZO前澤社長の件について「私はお金よりも健康がほしい」

 ZOZOTOWNの前澤氏のツイートが話題となっており、ニュースにも取り上げられました。

 案の定、Twitterでもその外でもてんやわんやの大騒ぎ。

 賛否両論あるらしいですが

 私としては

「最低だな」


 というのが率直な感想です。


 
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 ここで一旦、私の話になって恐縮ですが

 実は私

 昨年、祖母に死なれて、同年12月に、上手に使えば10年は寝て暮らせるほどの、少なくない遺産を得ました。

 通常、祖父母が亡くなっても、孫、しかも墓を継ぐ義理も義務も全くない次男である私に遺産が分配されることは法律上ないのですが

 それでも祖母は私に遺産を残してくれました。

 生前の祖母曰く、理由は

「ケンジ(私の本名)は、わたしの娘と違って、よくわたしのことをおもって気遣ってくれるし、頑張って生きているから」

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 今回の私のケースは、遺産というところだけを見れば、ただ単に縁があって受け取れただけのように思えますし

 私自身も自分が徳を積んでいるなんて思っていません(もちろん、そう生きていくための努力はしていますが)。

 然るに、今回の前澤氏のやっていることは、お金をばら撒いて人が群がって、その群衆にぶつかってけがをする子供がいても無関心な、卑劣な成金共とどう違うのでしょうか?

 その後のツイートでは、なんか夢だの家族だの分かったようなことを言っていますが、まったく説得力がありません。


 まあ、そういった倫理や法律的な善悪の判断は他の人に任せるとして

 あくまで私の感想を言えば

 私はお金よりも健康がほしいです。

 今の私は、貯金額こそ大幅に増えたものの、相変わらずADHD統合失調症といった精神の障害や病気と闘いながら、慎ましい生活をしつつ、仕事を探している。

 今までと何も変わってはいません。

 でもこれは、自慢話でもなく、ましてや私が偉かったり謙虚だったりするのでもなく

 当然のことだと思っています。

 本当に、お金で健康を買うことは出来ません。

 健康だけじゃない。大切な人も、愛する家族も、そして命も。

 もう一度言います。前澤氏のやったことは「最低だ」と思いました。

 成金的な言動もさることながら、そういった大切なことを完全に見過ごしているのですから。

 私は、100万程度ではもちろん、その桁違いの金額をもってしても治せない障害にかかっていて

 今も闘病中です。

 たとえ懐にお金があったって変わりません。

 私は、お金の力で自分の人生を変えたり(買えたり)しません。

 自分の大切なものを守りながら、病気や障害と向き合って生きていきます。

 当たり前のことです。

 

 本当に、【それをお金で買いますか?】

 

 いいえ、買いませんし、買えません。

 

  本書に書かれてある通り、行列に割り込んだり製薬会社の人間モルモットになることにお金が深く絡むことも問題だと思いますが

 

 今回の件は、市場主義の限界を超え得る、呆れた事案だと思っています。(一応断っておきますが、私は非資本主義派ではないです……)

 

 こういった本に載ってもおかしくないほどの「如何にして人間社会の道徳を締め出したか」を示した、新たな出来事と言っても過言ではないのではないでしょうか。

 

 お金に群がった人たちは悪くないです。

 

 私だって本当にお金がなくて困っている人の気持ちは十二分にわかっています。今までも、そしてこれからも。

 

 けれども、少なくとも、自分の大切なものを守っていきたい。

 

 そこだけは、この世に生きていく、みんなが共通して思っていることだと考えます。

 

 それを見失わせるようなマネをする輩のことは、もうこれ以上語りたくないです。

精神力を鍛えるには筋トレが至高!

    お久しぶりでございます。

    新年も明けたことですし、久し振りに真面目に書評を書こうと思います。

筋トレが最強のソリューションである マッチョ社長が教える究極の悩み解決法

筋トレが最強のソリューションである マッチョ社長が教える究極の悩み解決法

 

 

 

 著者のTestosteroneさんは、Twitterで多くのフォロワーがいらっしゃるので、もしかしたらこの方のツイートを見たことがある人も多いかもしれません。

 かくいう私も、ハンドルネームや書籍を上梓していること、そして数々の名言で綴られたツイート(!)くらいは存じておりました。

 しかし

 この書籍のすごさは、そんなTwitterに登録してフォローすれば見られるだけのものではありませんでした。

 もちろん、著者のツイートだけでも心を動かされ、実際に提言しているような筋トレなどの行動に移した方も多いと思われますが

 それ以上に、この本の内容や発言の一つ一つが、それこそマッチョメンの筋肉の塊のごとく重みがあるのです。

 通常、こういった本、それもタイトルからし

「筋トレなんか勧めて人生上手くいく、と指南しただけの内容だろう」

 と眉に唾を付けたくなるものですが、そうではなく

 この本及び著者は以下の5点において、ありふれた自己啓発本と一線を画しています。


・著者の輝かしい経歴や実績を語るだけでなく、今現在も続けているであろう自己鍛錬を広くわかりやすく勧めているため、読み手が即行動しやすい。

・いわゆる精神論で捻じ伏せるのではなく、❝すぐに出来る❞方法論も兼ねて述べており、説教をしているのに説教臭く感じず、元気が出る。

・時折挟むギャグやコラムで、読者が現状を顧みたとき、必要以上に悲観させないエッセンスが含まれている。

・「筋トレは宗教」「(自傷行為について語るときに)筋トレはある種の自傷行為なので代用になります」など常識外れの発言が、逆にいろんな事情を抱えた人達の救いになっていて、それでいて全く胡散臭くない。

・その他、著者の才覚や文武両道ぶり、書籍の内容等全てひっくるめて、発言の重みが半端ではなく説得力抜群。


 まさに極上の内容でした。


 とは言え、ある意味タイトルで損している部分もなくはないです。

 本文にもあるが「筋トレさえすれば人生上手くいく」という先入観を持つ人には、どうしてもその素晴らしい内容を見る前に手に取ってもらいにくいというケースもゼロではないと思われるからです。

 しかし、それは裏を返せば

 前向きで堂々としており誠実に生きている著者の人間性を表しているとも言えます。

 私は本書が、書いてある内容云々も素晴らしいと思いますが、それ以上に、著者の説得力や行動力、そして人間として素晴らしいところが垣間見える本だと感じました。


 本当にこれから筋トレを始めたくなってきました。

    体重をこちらのサイトの方で更新し続けようかな、と思ったくらいです(←べつに誰も見たくない 笑)

 それくらいやる気が湧いてきた本でした。

 

 早速筋トレ始めます!

ちょっと重いのですが

今回もまた新ブログの立ち上げのご報告に、なります。

一体、何度この場を借りて新しいブログ立ち上げて公開しますと言えば良いんだヴァカですか私は(セルフツッコミ)。

 

ただ、内容がやや重いので、暗い気持ちになるかもしれません。

テーマを簡単に言うと

・虐待

発達障害

・精神病院入院

などです(HAHAHA...)

 

新サイトは以下です。

 

ちなみに、これまた書評や読書と関係のないお話なのですが

私の大好きなアニメ、フルーツバスケットがリメイクされると聞いてげんなりしました。。。

 

かつてのアニメ・フルーツバスケットの主題歌を歌っていた岡崎律子さんは、上記のブログのような経験をした私を救ってくれた方でした。

 

 

For フルーツバスケット

For フルーツバスケット

 

 

 

なのに、、、いえ、これ以上は何も言うまい。

 

今日も岡崎律子さんの曲を聴いて、しっかり自分を見つめながら生きていきます。

 

すべてを許そう  好きなことをして

 

 

 

自分を受け入れることの勇気「クズころがし」

本書に書かれてある通り、クズかどうかは置いておいて、世の中に自分を客観的にみられる人がどれくらいいるだろうか。

正直恐ろしい。この本は何故読む人をハッとさせるのか。一つ一つ解析していこう。

 

クズころがし

クズころがし

 

 コンセプトとしては、為末大氏のこちらの書籍に近いものがあるが↓

 

jiru4690.hatenablog.com

 

まあ、テレビに出演しているドランクドラゴンの鈴木氏を見ればわかる通り、少なくとも為末氏のイメージや哲学的な視点に関してはまるで趣が異なっている。

 

・才能がないものは努力をするな

・夢にしがみつくのは「ただの屍」

言ってはいけない「今が一番幸せ」

 

特に私の心情に一番グサッときたのは、「今が一番幸せ」という嘘くささについて、だ。

「人生で、今という時が一番若い」

「今を生きろ」

人はよくこう宣う。

しかし、今が一番歳を取っていることに誰も言及したりはしない。

今うだつが上がらないくせに「今を生きろ」という言葉の意味のなさ。

決してアンニュイな意味ではなく、本当にこれらの言葉には意味がない。

そう、嘘でも傲慢でもなく「意味がない」のである。

そして、人なんて99パーセントは才能なんてないと言い切る鈴木拓

少なくともその言葉に、私は嘘偽りなどこれっぽっちもないと言い切れる。

 

世の中、新たな職業がどんどん生まれていくが、その中で良い思いを出来るのはいつの時代もほんのごく一握りだ。

プロブロガー、Youtuber、投資家、フリーランサー、etc...

しかも、最近はネットの流行で、一部の成功者が、才能がなく埋もれていった人に対して煽ったり、一流になるように目指すように指南してくるという始末。

まあ、誰がとは言わないですけれど(笑)

 

❝努力❞

これほど人を裏切るものはない。

そして自分に酔いしれる材料として、これほどわかりやすいものもない。

しかし、人は努力をする。何のために?

たいていの場合、自己満足のためだ。

家族を養ったり、誰かを救ったり、そんなつもりでやるわけじゃない。

そのような大事なことを、努力して達成しなければやらない状況に自分を追い込んでいる時点で、その人は99パーセント終わっているし、自分だけでなく身近の人間や多くの人に迷惑をかけている。

90年代に連載されていた、すごいよマサルさんというジャンプのギャグ漫画にも書かれてあった。

「無駄な努力ほど無駄なものはない」

 

私は、(個人的に鈴木氏がクズとは思わないのだが)努力という言葉が大嫌いだ。

何故なら他人だけでなく、他でもない自分自身のこともさんざん裏切ってきたから。

本書にも書かれてある通り、成功してきた人や境遇なんて、本当に“たまたま”。

たまたま成功できるチャンスや運があり、たまたま時代が合っていたから。

すると、一部の識者ぶった人間はこう言う。

「普段から努力を積み重ねてきてその下地があったからこそチャンスをつかんだものも大勢いる」

それはそうかもしれない。

でも、それでも屍となって花を咲かすどころか土の中から芽を出すことすら叶わぬ人間がどれほどいるか、そう言う人はまるでわかっていない。

そして、くどいようだが、鈴木氏をクズと思わない私だが

同様に、一芸に秀でいることも出来ず芽も出せないその他大勢の人間のことも、当然クズだなどと思わない。

早い話、巷でよく聞く

「自分が成功できたからアナタにもできる」

という甘言は、とても傲慢である以上に大きな間違いでもあるということである。

期待は感情の借金とは、「夢をかなえるゾウ」のガネーシャもまた言っていたが

現ナマの借金をひどく嫌う人間も、自分自身に対する期待は大きく弾ませる。

私にはその神経がわからない。

 

鈴木拓氏はサッカーを誰よりも練習していたのに、監督の肩を揉む形でその道を閉ざした。

26歳の頃からレギュラー番組をもっていたのに収録に呼ばれるのは3カ月に1回。

それでも、鈴木氏が誰よりも真剣にやってきたことと言えば、

「自分を受け入れること」

ではなかろうか。

 

何故、人は他人になりたいと思うのだろう。

成功してきた人間はただ単に「その人」なだけであって、「自分」ではないのに。

この国の横並び教育や同調圧力が災いして、今のネットのトレンドは専ら

「自分にしかできないことをやれ」

「好きなことだけやって生きていこう」

と言って発破をかけることだ。

もういい加減気付くべきだろう。

そんな言葉にときめく時点で、自分は何物でもないということを。

それを自覚したり、ありのままを受け入れることが出来なければ、成功者やクズとか云々以前に、その人がその人である意味を失う。

当たり前のことや常識は疑うべきことも多いが、まず気付かなければならないのは、既成概念や自身に酔いしれている自分がそこにいるという事実だ。

 

そんなことを、この「クズころがし」という本で、私自身も教えてもらったのであった。